第104話 猫と戯れ

「それでは、ここでしばしのお待ちを」



 茜さんに通されたのは、また別の客室だった。

 いったい、いくつの客室があるんだ。この広さの家……いや、屋敷だから、相当多いんだろうけど。

 座布団に座って一息つく。縁側から見える石庭が、非日常感を醸し出していた。

 今頃、白百合さんとお母さんは何を話してるんだろう。

 さっきの提案が脳裏にこびり付き、気持ちがザワつく。

 俺は断った。けど、この手の話しを断るのは苦手だ。

 なんか、相手に失礼というか、傷付けてしまうんじゃないかと思ってしまう。

 もちろん自意識過剰というか、考えすぎなのはわかっている。

 けど、やっぱり気になるものは気になる。



「──吉永様は、奥様に気に入られたようですね」

「え?」



 麦茶を持ってきてくれた茜さんが、楽しそうな笑みを見せる。

 気に入られた……気に入られたのか、俺は?

 首を傾げていると、茜さんはかなりの至近距離まで近づき、周りを見渡した。

 当然、ここにいるのは俺と茜さんだけ。

 だが誰にも聞かれたくないことなのか、小声で話しかけて来た。



「今まで、奥様とこうしてお話してきた方は数多くいました。血相を変えて俯いていた方や、今にも泣きそうな顔で大慌てで屋敷を飛び出していった方……様々いました。その時の奥様も、かなり張り詰めた雰囲気でしたが……今日の奥様はすごく柔和でした。こんなこと、ここ数年ありませんでしたよ」

「そ、そすか……」



 それは喜ばしいことなのか。それとも絶望すべきなのか。

 今の俺には判断できなかった。

 ああ、お茶がうまい(現実逃避)。



「不思議な方ですね、吉永様は」

「……不思議? 俺が?」



 茜さんは「ええ」と肯定し、三つ指をついて部屋を出ていった。

 別に俺は不思議ちゃんじゃない。と、思う。多分、恐らく、メイビー。

 なんで俺が不思議ちゃん扱いされなきゃならないんだ。

 コップを手に、縁側に移動する。

 陽射しは遮られていて、風通しがいいからか心地いい気温だ。

 現代日本で、エアコンを付けずにこんなに心地のいい場所があったのか。

 縁側に座り、風を全身で感じる。

 草木がざわめく音。セミの鳴き声。夏の風物詩だ。何もかもが心地いい。

「にゃー」そうそう。猫の鳴き声も夏の風物詩……猫?



「……あ、猫」

「にゃー」



 いつの間にか俺の傍に座っていた猫。栗色の毛並みに空色の瞳。まるで純夏のような猫だ。

 猫は毛づくろいをし、俺を見上げてまた鳴く。

 まるで「おいコラ、ぼーっとしてないで撫でろよ」と言われてるみたい。

 いいのかな、勝手に撫でて。

 恐る恐る手をのばす。

 猫は目を閉じ、されるがままに撫でられている。



「……かわいいな、お前」

「にゃふ」



「当然」とでも言いたげに声を漏らす。

 こいつ、絶対自分のこと可愛いって自覚してるな。

 あざいと。でもこのあざとさ、許してしまう。

 猫は満足したのか、ぐいっと伸びをして縁側を歩いていった。

 自由気ままだな、猫ってのは。



「ふぅ……」

「にゃ」

「え? うぉっ」



 増えたっ。いつの間にか、なんかいっぱいいる。

 大きいの二匹。小さいの五匹。計七匹。

 親子だろうか。まさか子連れとは。

 もう一匹の親猫は、黒毛だ。艶やかで毛並みがいい。大切に育てられてるんだろう。

 そんな二匹の子供たちは、好奇心旺盛で元気いっぱい。俺の膝に乗って遊んだり、丸くなったりしている。

 ……動けなくなってしまった。

 可愛いけど、この体勢はかなりきつい。

 けど一匹一匹下ろしても、次を下ろす間に登ってくる。詰んだ。



「おいお前ら、見てないで手伝え」

「にゃ」

「にゃぉ」

「って、お前らまで登ってくるな……!」



 俺の膝の上に七匹の猫。猫好きにはたまらないだろうし、俺も懐かれて嬉しい。

 が、いかんせん、暑い。夏の気温と猫の体温で、体の熱が急上昇待ったなしである。

 麦茶も早々に尽きた。

 人様の家で大声を出すのも気が引ける。

 茜さんが呼びに来るまで、ここにいるしかないか。






 それから茜さんが呼びに来たのは、30分後のことだった。

 ふえぇ……もう脚の感覚がないよぅ。

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