第103話 隣人の母親と提案

 やば……い。今の話を聞いたら、何も隠し事なんてできないぞ。

 全て、見抜かれてる。

 圧倒的な恐怖心と、謎の威圧感を感じて生唾を飲み込む。

 何を話しても、何を隠しても、全て見抜かれる可能性が高い。

 これは……覚悟を決めて、聞かれたことにはすべて話すしかないか。



「……話せる範囲でなら、聞かれたことには答えます」

「それで構いません。それで、吉永さんは娘のことはどう思っています?」



 その話に戻るのか。



「……友人として好きです。なんでも相談できる尊敬するお姉さんですし、綺麗な人とも思います。ですが、異性として好きかと問われると……」

「……嘘はないみたいですね。まあ、お酒を飲んだあの子の酒乱ぷりを考えると、女性として見るのは難しいのはわかります」



 おい白百合さん。あんた実家でもそんな感じなのか。

 せめて少しくらい我慢しなさいよ。



「では次の質問です。お見合いをしたくないから、あなたを利用する……そんなあの子を、あなたは幻滅しますか?」

「しません」

「……即答ですね」

「ええ。これだけは譲れませんから」



 別に利用するならしていいと思う。

 それで白百合さんが満足して、楽しく人生を送れるなら、俺はなんだって相談に乗る。

 というか、普段から頻繁に相談に乗ってもらっている身で、白百合さんの本気の頼みだけ聞かないのは……なんというか、不公平だ。

 真剣に答える。

 これには満足したのか、お母さんはにこやかに微笑んだ。



「よい隣人を持ちましたね、白百合は」

「そ、そんなっ。……俺の方こそ、いつも助けられてますから」

「ふふ。とても誠実ですね、吉永さんは」



 麦茶で喉を潤し、「さて」と口を開いた。



「最後の質問……というか、提案なのですが」

「……なんでしょう?」






「本当に、あの子と結婚しませんか?」






「…………」



 壁掛けの振り子時計の音と、うるさいほどのセミの鳴き声だけが聞こえる。

 思わず生唾を飲み込み、言葉に詰まった。

 俺が言葉に詰まってる間にも、お母さんは話を進める。



「結婚するからには、婿養子としてこの家に入ってもらいます。いろいろしきたりはありますが、住めば都……私が言うのもなんですが、とても好物件だと思いますよ」

「ま、待ってください。そんなこと、白百合さんもいないのに決めるのは……」

「お見合いと変わらない、と言いたいのですか?」



 本当になんでもお見通しだな。

 そう。今回俺がここに来たのは、白百合さんの偽彼氏として母親に紹介し、今後のお見合いを無くすというもの。

 それはいい。けど、お母さんの言葉通りに俺が白百合さんとお付き合いして、結婚するのは……。



「あの子なら、吉永さんを受け入れると思いますよ」

「受け入れる、受け入れないの前にですね……」

「白百合さんの意思は尊重していますよ。している上で、提案しているのです」



 ……尊重した上で、そんな提案を……?

 なぜだ、わからない。誰か俺に教えてプリーズ。

 それにしても……白百合さんとの結婚生活、か。

 想像するに、楽しいものにはなりそうだよな……。

 酒に関しては改めて貰うとして、それ以外は本当に完璧な女性……だと思う、多分。

 もし俺が本当に1人で、誰からも好意を寄せられてない状況だったら、受けていたと思う。

 けど……思い出されるのは、純夏、天内さん、ソーニャの笑顔。

 なんで3人なんだ。1人に絞れないのか俺は。

 優柔不断で、みんなの青春を浪費させてしまっている。

 そんな俺が、白百合さんと結婚は……無理だ。



「……お断りさせてください」

「どうしてもですか?」

「はい」



 白百合さんに俺なんか相応しくない。

 というかそもそも、今の俺が誰かと付き合ったり、結婚だなんて……。



「……思った通り、誠実な方ですね」

「やめてください。ただのクズ野郎ですよ、俺なんて」

「若さと性欲と下半身で、いろんな女の子に手を出していたらクズ野郎です。ですが、あなたはまだチェリーボーイ。いろんな子に迫られても、頭で考えている。それはとても誠実だと思いますよ」



 ……そう、なのかな……?

 そう言ってもらえると、俺もちょっと報われる……気がする。



「吉永さんのお気持ちはよくわかりました。次に白百合さんとお話がしたいので、吉永さんは別室へ」

「は、はい」



 ベストタイミングで部屋に入ってきた、白百合さんと茜さん。

 さっきの話の手前、何となく顔を合わせづらい。

 俺は少しだけ会釈し、茜さんと一緒にそそくさと部屋を後にするのだった。

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