第102話 隣人の母親と化け物

「さて、その上で吉永さんにお聞きしましょう」

「え。はい?」



 やばい、何を聞かれるんだろう。まったく想定してなかった。

 別に白百合さんとはやましい関係ではない。

 強いて言うなら、酔っ払った白百合さんの面倒を俺が見てる程度だ。

 しかも俺のせいじゃない。白百合さんのせいです。俺は被害者です。

 聞かれる内容をあれこれ想像し、緊張する。

 と、白百合さんのお母さんは本当の母親のようににこりと微笑んだ。

 本当の母親に微笑まれたことないけど。



「ふふ。そんなにカチコチにして……緊張しなくても大丈夫ですよ」

「は……はい」



 ごめん。ちょっと邪なこと考えた。

 けど思春期男子高校生にそんな発言したらダメでしょ。ダメです。



「あなたは、娘についてどう思っていますか?」

「……え?」



 どう思って、て……え?

 それはいったい、どういう意味だろうか。

 言葉通りの意味なのか、それとも別の意味があるのか……?

 真意を読み取ろうとあれこれ考えていると、白百合さんのお母さんは真っ直ぐ俺を見つめてきた。



「あまり考えず、あの子のことをどう思っているか教えてほしいのです」

「あまり考えず、て……まあ、いい人だとは思います。相談に乗ってくれますし」



 酒カスのことは言わないでおいてあげよう。俺なりの優しさだ。

 でもそれは、お母さんの求めている答えとは違うみたいで、小さくため息をつかれた。



「では質問を変えましょう。吉永さんは、娘に異性としての好意を持っていますか?」

「……えっ」



 異性としての好意。

 それは文字通り、好きか好きじゃないかということ。

 こんなの、どう答えるのが正解なんだ。

 やばい。困る。どうしよう。



「えっと、ですね。白百合さんと俺はそういう仲ではなくてですね? 異性がどうとか言われると……」

「……その様子だと、手を出してはいないようですね」

「はい。それはもちろ……ん!?」



 今この人、なんて言った?

 手を出して……え?

 白百合さんのお母さんは、お茶を飲んでほっと息を吐く。



「娘は身内から見ても整った容姿をしています。さらに私の娘なら、普段からお酒も飲んでいることでしょう。そんな子の隣人なのですから、何かあるのではないかと思いまして。肉体関係から始まる恋もありますから」

「いやいやいやっ、そんなことありませんから……!」

「あら、本当に?」



 ……なに?

 白百合さんのお母さんはくすくすと笑うと、ぴんと指を立てた。



「ずばり、同棲している方がいますね? しかも女性……多分、派手目な方と」

「────」



 思わず否定の言葉も出なかった。

 本当に、その通りだから。

 なぜだ? なぜわかった? 俺は説明してないし、白百合さんが話すとは思えない。

 なら調査を……? いや、こんな短時間じゃ無理だ。

 唖然としている俺が面白いのか、お母さんは得意気に胸を張った。



「私、趣味は人間観察でして。話せば話すほど、吉永さんのことはよくわかりますよ」

「は、はは……そんな馬鹿な」

「昨日は水遊びをしましたね。ふむ……恐らくプールでしょう」

「ッ」

「ふむふむ? 人数は吉永さんを含めた4人。3人は女性。うち1人は同棲している方」

「ちょ、ちょっ……!?」

「おやおや。昨日は4人で同じお布団で寝たのですか。爛れてる……わけではなさそうですね。強いて言うなら添い寝、もしくはハグですか。それでも十分、爛れているとは思いますが」

「待って! 待ってください!」

「はい?」



 滝のような汗が額や背中から流れる。

 当たってる。全部、当たってる。

 なんでだ。なんでそんなにわかるんだ? どう考えても、俺自身からわかる要素はゼロだろう……!

 まさか……え、超能力、とか……!?



「な、なんでわかったんですか……?」

「言ったじゃないですか。人間観察だって」

「その域を超えてますけど!?」

「簡単ですよ。吉永さんから漂う、吉永さん以外の女性の匂いがしますから。その中の1つは、だいぶ濃い。日常的に一緒にいる女性だと思いました。さらに、娘が借りているアパートは一人暮らし用。そこに家族で暮らしている可能性は低い。なので吉永さんも一人暮らし。そして濃い女性の匂いがするとなれば、家出中の子でしょうね。メイク……これはスクシェアミのコスメの匂い。あれは若い子に人気のコスメです。なので、一人暮らしの吉永さんと同棲している子は、若く派手目な方と想像できます」

「…………」

「塩素の匂いも濃いですね。顔や腕の日焼けから、プールに入ったと考えられます。顔の疲労を見るに、気兼ねなく沢山遊べたのでしょう。ですが今の時期はどこのプールも混んでいる。ということは、市営のプールではない。考えられるのは、個人宅のプールでしょうか。遊びすぎ、疲れ、寝落ちし、泊まることになった。どうです? 当たってます?」

「は……ぃ……」



 何も反論できず。ただ目の前の人が、化け物にしか見えなかった。



「ふふ。初歩的な推理だよ、ワトソン君」

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