第99話 隣人とお散歩

 電車に揺られること1時間。

 さらにバスに乗って移動すること1時間。

 長かった……結構長かった。

 2時間も座ってたら、腰も肩もがちがちだ。少しストレッチしたい気分。

 バスから降りて外をぐるっと眺めた。

 田園が広がり、綺麗な川が流れ、山に囲まれてる。

 よく言えば、自然豊かな趣のある景色。

 悪く言えば……。



「驚きました? すごく田舎ですよね、ここ」

「まあ……そうですね」



 白百合さんがにこにこと笑っている。

 ここが白百合さんの実家のある場所……てっきり、もっと近くにあるのかと思ってた。

 花本さんと高校も同じって言ってたけど、あの人の実家もこの辺りなのかな。



「で、ここどこですか? 県外?」

「いえ、一応県内ですよ。私たちが住んでいるのは県の東。ここは西です」



 県を西に進むだけで、こんなにも景色が違うのか。

 白百合さんについて行き、田園風景を横目に歩いていく。

 ……のどかだ。

 陽射しは厳しいけど、その分風が抜けて気持ちいい。湿気もほとんど感じない。



「あぁ……帰って寝たい」

「本当、ごめんなさい。ただ座っているだけでいいので」

「そんなこと言うと、マジで無言を貫きますよ」

「……ごめんなさい。少しは手伝ってくれると嬉しいです」



 素直でよろしい。

 けど、手伝うったって何すればいいんだ?

 ……まあ、なるようになるか。

 なんて考えていると、白百合さんが「そうだ」と口を開いた。



「海斗くんの聞きたいことって、何だったんですか?」

「あ、そうでした。実は週末の夏祭りの日、純夏の誕生日なんですよ。それで、誕生日プレゼントを何にしようか悩んでまして……」

「なるほど、そういうことですか」



 白百合さんはスマホを取り出すと、ポチポチと操作した。

 直後、俺のスマホが鳴動する。

 差出人は白百合さん。

 なんと、いくつかの手頃なプレゼントをピックアップして送ってくれたみたいだ。



「この辺がいいかと。純夏ちゃんは可愛くて派手派手しい方なので、こういったアクセサリーもいいと思いますよ」

「ありがとうございます。それじゃ、お達者で」

「待ってええええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇ!!」



 うぼぁっ!? ちょ、腰に抱き着くな、離せ!

 涙目鼻水ヨダレの3連コンボを決めた白百合さん。

 待って待って服についた! 汚ぇ!



「待ってよ! 行かないでよ!」

「俺の目的は達成したんで。それじゃ、アデュー」

「ひどい! 必要なときに頼って、用が無くなったら捨てるの!?」

「人聞きの悪いことを言わないでください!」

「まるでヤり捨──」

「言うなっつってんだろ!?」



 ここが田舎でよかった。周りに誰もいないから、不審がられることはないし。

 なんとか白百合さんを宥めて、2人で息を荒らげる。

 くそ、炎天下で何をしてるんだ、俺は……。

 こんな所でこんなことしてたら、熱中症でぶっ倒れる。

 ただでさえ昨日から稼働しっぱなしで、今にも倒れそうなのに。



「ま、まあ、冗談はこれくらいにして、さっさと行って、さっさと終わらせましょう」

「……本当に冗談だったんですか? マジで帰ろうとしてませんでした?」

「…………ソンナコトナイデス」

「カタコト」



 イエイエ、ホントーニソンナコト。

 白百合さんからの白い目を受け流し、また田園地帯を歩く。

 ……にしても、何も無い。広すぎて、遠くに見える家屋が小さく見える。



「白百合さん、これどれだけ歩くんですか?」

「そうですね。ざっと1時間くらいでしょうか」

「そうですか……は?」



 いちじかん? 今、いちじかんって言った?

 こんな炎天下の中を1時間も歩けと?



「大丈夫ですよ。若いので1時間なんてあっという間です」

「あんたも若いでしょうが」

「私は肝臓を酷使してますから」

「節制しろ」



 この人、このまま一人暮らしさせていいんだろうか。

 マジで誰かと結婚して、酒の管理とかした方がいいんじゃないの?

 このままじゃ肝臓爆発するぞ。



「そんなに遠いなら、車とか出してもらえばいいじゃないですか」

「我が家のモットーで、家を出る時は歩き、家に戻る時も歩くというのがあるのです。健康に戻ってきますようにという願掛けですね」

「どの口が健康と?」

「可愛らしいお口でしょ?」



 腹立つけどその通りだから憎めない。

 刻一刻と白百合さんの実家が近づいている。

 言いようのない、漠然とした不安だけが肩に重くのしかかっていた。

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