第90話 腐れ縁の母親

   ◆海斗side◆



「お待たせ……って、まだみんな出てないのか」



 風呂から上がってソーニャに言われていたリビングに入るが、誰もいなかった。

 女の子は風呂が長いし、手入れもあるんだろう。

 それにしても広いリビングだ。ソーニャの部屋の倍以上の広さがある。

 ソファーに座って、ぐるりと見渡す。

 本当、大豪邸って感じの純和風モダンの作りだ。ソファーも和柄で可愛らしい。

 エアコンも聞いてて、風呂で火照った体がいい感じで冷やされる。



「ん……ふあぁ~……ねむ……」



 やば。いい感じの疲れと部屋の居心地のよさに眠気が……。

 だ、ダメだダメだ。ここで居眠りなんてダメ。しっかりしろ、俺。

 あくびを噛み殺し、目を擦る。

 あ〜、でも眠気にはかてない。おなかもすいてるけど、眠さが勝ってる……。

 そういや、一人でいる時にこんなに眠くなるって、久々かも。



「眠い?」

「うん……眠い……」

「寝ていい、ます」

「それはさすがに……人様のおうちで寝るのはまずいと思って」

「ワタシが許すます」

「それじゃあ……ん?」



 待て。俺、今誰と話してるんだ?

 ギョッとして目を開ける。

 え……誰だ?

 目の前に、驚くほどの美少女がいた。

 プラチナホワイトのロングヘアーに、深い青の瞳。

 身長は、160センチ行かないくらいだろうか。だいぶ小さい。

 まさかソーニャの妹? いや、妹がいるなんて聞いたことないけど。



「あなた、ヨッシーくん?」

「……え、と……よ、吉永海斗、です」

「初めましてます、ヨッシーくん。いつも娘がお世話になっております」

「は、はい。こちらこそ……って、娘?」

「ワタシ、母ます」



 て、ことは……ソーニャのお母さん!?

 衝撃とはこのこと。本当にいるのか。一児の母なのに、こんな超絶美少女にしか見えない人が。

 美魔女とかそんなレベルではない。

 年下にしか見えない容姿に、俺は言葉を発せずにいた。



「寝ない?」

「それ以上に眠気が吹き飛んだというか……」

「膝枕するます?」

「遠慮するます」



 しまった。混乱しすぎて語尾がうつった。



「ソフィアの言う通り、面白い子」

「どんな説明されてるんですか、俺のこと……」

「好き好きアピール、ます」



 自分の親に何話をしてんだ、あいつ……!



「ワタシ、忘れ物を取りに来たます。もう行かなきゃいけないので、ごゆっくります」

「は、はい……ありがとうございます」



 ソーニャのお母さんは首に引っ掛けていた麦わら帽子を被り、とてとてとリビングの外に向かう。

 こんな麦わら帽子が似合う経産婦がいるのか。

 それを見送っていると、ソーニャのお母さんはくるっと振り返り、首を傾げた。



「ヨッシーくん、モテモテます?」

「……なんか、そうらしいですね」

「誰にするか選びました?」

「そう簡単に決められませんよ」

「うちなら全員、面倒見るます」

「……それってどういう……って、あれ?」



 いない。いつの間にか消えていた。

 まるで狐に化かされたような気分だ。

 それにしてもさっきの言葉、どういう意味なんだろう。

 眠気も忘れて呆然としていると、風呂から上がった三人がリビングに入って来た。



「あ、カイ君、ただいまっすー」

「ふいぃ〜……すずしー」

「あ……うん。おかえり」



 純夏と天内さんが、エアコンの風を全身に浴びて溶けた顔をしている。わかるぞ、エアコンっていいよな。

 と、ソーニャは俺の横に座った。



「あ、そうだ。ソーニャ、さっきお前のお母さんが来たぞ」

「え、ママ帰ってきたの?」

「いや、忘れ物を取りに来ただけらしい」

「ふーん……なんか変なこと言ってなかった?」

「お前が日頃から、俺のことを家でも話してるって聞かされた」

「ちょっ、何してんのあの人……!」



 どうやら恥ずかしいらしく、ソーニャの顔は真っ赤になった。

 ふふふ、いつも辱められている仕返しだ。甘んじて受け入れろ。

 あ。そういや、あの意味深な言葉はいったい……?

 ……あれに関しては、別にいいか。触らぬ神に祟りなしってことで。

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