第75話 バイトの先輩とすれ違う会話

 おみあい……オミアイ……お見合い?



「お見合いとか本当にあるんですね」

「よくある話だ。私も何度かやったことある」

「……花本さんが?」



 改めて花本さんを見る。

 背は低く、ぺったんこで、大雑把な性格。見た目は美女と言うより美少女だけど、目の下にはクマもある。

 この人がお見合い……。



「おいコラ吉永。お前今クソ失礼なこと考えなかったか?」

「心読むのやめてください」

「顔に出てるぞ」

「マジか」



 そんなに顔に出てるかな、俺。

 悠大からは、昔から何考えてるかわからないって言われてたけど。

 ……これも、純夏たちと一緒に過ごしてたおかげかもな。


 花本さんはガムを食べながら、そっとため息をついた。



「お見合いなんてろくなもんじゃねぇよ。当人の気持ちも考えず、見ず知らずの人間と結婚させようとする風習なんてな」

「当人の気持ちって、花本さん好きな人いるんですか。意外です」

「……お前、私が華の女子大生だって忘れてない?」

「いえ、そんなことは」



 ただ、花本さんの本性を知る身からすると、華の女子大生と言われると違和感しかないが。

 花本さんはくせっ毛を指で弄りながら、ちょっと恥ずかしそうに呟く。



「わ、私だって意中の相手くらい……」

「へぇ、どんな方ですか?」

「んー……背は高くてイケメンだな。優しいし、一緒にいて楽しい」



 お……おお。花本さん、マジで普通に恋してるじゃん。

 そうかそうか。花本さんのことだから、恋なんてしたことないと思ってたけど、ちょっと安心。


 花本さんは相手さんのことを考えてるのか、ほんのり頬を染めている。



「私と軽口言い合っても許してくれるし、離れないでいてくれる。あと料理も上手。運動は出来ないみたいだけど、頭は凄くいい」

「うんうん」

「でも凄く女にモテる。許せん」

「それだけハイスペックな男だったら、そうでしょうね」



 というか、そんなハイスペック男子が本当にいるんだろうか。

 花本さんが言うんだから、多分大学生だろう。

 恐るべし、大学生。



「…………」

「……ん? な、なんですか?」



 えっ、何をそんなに睨んでくるの、怖い。



「あともう一つあった。鈍感だ」

「そ、そうなんですね」

「……しね」



 唐突にディスられた。何故に。

 花本さんは咳払いをすると、俺の脇腹を肘で突いた。



「私のことはいいんだよ。今は白百合の話だ」

「あ、ああ、そうですね」



 そうだ、今は白百合さんのお見合いについてだ。



「当人の気持ちって言ってましたよね。白百合さんって、好きな人とかいるんですか?」

「本人の口からは聞いたことないけど、いると思う」

「へぇ、やっぱり同じ大学の人?」

「教えない。白百合が誰にも言ってないってことは、知られたくないってことだろ。私の目は誤魔化せないけど」



 なんかカッコイイこと言ってんな。

 白百合さんの好きな人か……どんな人なんだろう。

 でも、言えることは一つ。



「もし白百合さんと付き合ったら、散々酒に付き合わされて肝臓爆発しそうですね」

「確かに。ほぼ毎日飲んでるからなぁ」



 流石の花本さんも苦笑い。

 あんなにザ・清楚って感じなのに、酒飲めば豹変するからなぁ、あの人。



「でもお見合いしても、受けるか受けないかは白百合さん次第ですよね。しかも好きな人がいるなら、断るんじゃ……」

「それが、そうも行かなくてな。白百合の好きな人も、それはまあ女にモテるんだ」

「なんと」



 大学生というのはそんなにモテるんだろうか。

 偏見はよくないが、なんか怪しいぞ、そいつ。



「私が知ってる中で四人……いや、白百合を入れて五人か。全員、そいつの事が好きなんだ」

「モテすぎじゃないですかそれ!?」

「だろ?」

「女の敵であると同時に、男の敵ですね」



 なんだその男は。許せん、切腹しろ。



「……まあいいや。で、競争率が高いからな、その男は。だから白百合は、身を引こうと考えてるわけだ。最近愚痴が多いし、酒の量も増えてるし」

「いくら白百合さんが酒に強いからって、それは心配になりますね」

「ああ……だから多分、白百合はお見合いを受けると思う。まだ可能性だけどな」



 ……なんだか可哀想な話だな。

 好きになった男が女たらしで、自分じゃ報われないから身を引く、か……。



「あ、この話は黙っててな。私から吉永に言ったって聞いたら、白百合怒るだろうし」

「……わかりました」



 なんとなく胸にもやもやを抱えながら、俺たちはスーパーへと歩いていった。

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