第74話 隣人の事情

「な」

「つ」

「や」

「す」

「み」

「だ」

「あ」

「|」

「!」

「!」



 時はすぎて夏休み初日。

 今日も今日とて、純夏と天内さんはテンションが高い。

 それもそうだ。赤点がゼロの上に、学力が超大幅に上がったからね。

 桔梗さんと天内さんのお母さんからも、かなり感謝されたし。二人も、娘の学力は心配だったんだなぁ。


 それにしても、初日からテンション高いな。

 こんなんじゃ夏休み終盤は体力切れてるんじゃないか?

 因みに悠大は今日はバイト。ソーニャは三日間の補習があるため、家には純夏と天内さんしかいない。


 その代わり。



「いえーい! 夏休みいえーい!!」

「白百合、私らの夏休みは七月末からだぞ」



 俺の部屋に、白百合さんと花本さんがいる。

 俺の隣の部屋に住んでいる美人すぎる女子大生、黒森白百合さん。

 白百合さんの友人で、俺のバイト仲間の花本カレンさん。

 土曜日ということで二人とも暇なのか、俺の部屋に来ている。

 昼間っから酒を飲んでいる白百合さんは、むすーっとした顔で俺らを睨んだ。



「むーっ、高校生ずるい。もう夏休みなんて〜」

「私らは二ヶ月もあるんだから、高校生を僻むな」



 話を聞く限り、大学生の夏休みは七月末から九月末までの二ヶ月もあるらしい。

 高校生の夏休みは約四十日。いいなぁ、大学生。羨ましい限りだ。


 天内さんも同じことを思ってるのか、机に肘をついてそっとため息をついた。



「大学生か〜。私たちなれるのかな」

「大丈夫だよ。カイ君が助けてくれるって、絶対!」

「……確かに!」



 二人がキラキラした目で俺を見つめてきた。

 いやまあ、できる限り助けようとは思うけどさ。



「なるべく自力で頑張りなよ。教えてもらうばかりじゃ身にならないからさ」

「「むぅ……」」

「だから夏休みの宿題も自力で頑張ること」

「「はぁーい」」



 不承不承ながらも、二人は夏休みの宿題に取り掛かった。

 そう。夏休みだから、夏休みの宿題が出るのは当たり前。

 二人は仲良く並んで、黙々と宿題に取り組んでいる。



「そういう吉永は、宿題はやらなくていいのか?」

「俺は夏休みが始まる前に終わらせました」

「流石すぎる。真面目ちゃんか」

「今年の夏は忙しくなりそうなんで」



 去年までは一人だった。一人暮らしに慣れなきゃいけなかったから、悠大とソーニャとも遊ぶ時間はなかった。白百合さんと花本さんとも、今より仲良くなかったんだ。


 でも、今でこそ適当なことを言える仲だし、純夏と天内さんもいる。

 みんな夏休みに入ったら、どこかに遊びに行くのもいいかもな。花本さん、免許持ってるらしいし。


 この先のことを考えていると、白百合さんが白ワイン片手に俺にのしかかって来た。



「かいときゅ〜ん。白に合うおつまみ作って〜」

「おつまみって、今うちにあるの食パンぐらいですが。後で買い物に行こうと思ってたんで」

「じゃあなんか買ってきてー」



 パシリか俺は。

 まあ夕飯の材料もないし、買い出しなんて遅いか早いかだけどさ。



「はぁ……あとで代金は貰いますからね」

「じゃあアヒージョで!」

「はいはい」



 えっと、アヒージョの材料は……。

 頭の中で材料を考えていると、ビールを飲んでいた花本さんが立ち上がった。



「私も着いてってやるよ。ちょっくら酔い覚ましに歩きたいし」

「……お願いします。白百合さん、換気してるとはいえ、飲みすぎないでくださいよ。純夏は匂いで酔っちゃうんですから」

「あーい」



 本当にわかってんのかこの人は。



「な、なら私もお手伝いに……!」

「純夏と天内さんは宿題あるでしょ。荷物持ちは暇人に任せればいいの」

「おいコラ吉永。暇人って私のことか? 私のことなのか?」

「…………」

「無視すんなー!」



 ちょ、痛い痛い。脚蹴って来ないで。

 財布とエコバッグを手に、花本さんと一緒に外に出る。

 と、気が抜けたのか花本さんは深々とため息をついた。



「悪いね、吉永。気を使わせて」

「いえ。花本さんがついて行きたいなんて、二人で話がある時に決まってますから」

「流石、よくわかってる」

「花本さんの考えなら、だいたいわかりますよ」

「……ばーか」



 え、なんで俺ディスられたの、今。

 花本さんと並んで住宅街を歩く。

 日差しが痛い。もうすっかり夏だ。



「白百合のことで、ちょっとな」

「白百合さん? なんですか、ついに肝臓ぶっ壊しましたか」

「あの子の肝臓は化け物だから、その心配はいらないよ」



 ふむ。じゃあなんだろうか? 酒の飲みすぎで退学とか?

 ……ありえない話じゃないから怖いな。

 花本さんは言いづらそうに頭を掻き、ゆっくりと口を開いた。



「まあ、なんつーか……」

「はい」

「……今度お見合いするんだとよ、白百合」



 …………。



「え」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る