第66話 ギャルと残酷な事実

 おばさんがゆっくりと近付いてくる。

 猫たちは何事もないように、俺たちから離れない。

 逆に純夏は、俺の服を掴んで固まっている。

 そりゃそうだ。純夏からしたら、諸々の元凶なんだ。怖くないはずがない。



「なんで、おばさんがここに……?」

「誤解しないでくださいね。別につけて来たわけではありません。ここは、私にとっても思い出の場所なので。あなたたちがここにいるのは全くの偶然です」



 思い出の場所? どういう意味だ……?

 内心疑問に思っていると、おばさんは足元の猫を抱き上げた。



「純夏、家出するのは勝手だけど、連絡の一つくらいください。育てている身として、これでも心配はするのですから」

「……ごめんなさい」



 美人は怒ると怖いというけれど、確かに怖い。

 ……なんか、いけすかない。

 いや、いけすかないんじゃない。気に食わない。

 それにちょっとした違和感もある。

 頭の片隅にある、ちょっとした違和感だ。

 違和感の原因を考えようと、じっとおばさんを見る。

 と、急に冷たい目で俺を睨んできた。



「そこのあなた。あまり女性をジロジロ見るものじゃありません」

「……すみません」



 うん、今のは俺が悪い。怖ぇ……。

 おばさんは俺と純夏を交互に見ると、そっとため息をついた。



「それでは、私は行きます。純夏、これからは少しは連絡をするように」

「……はい」



 えっ。もう行っちゃうの? というか、純夏も行かせちゃうのかよ。

 おばさんは猫を離し、踵を返す。

 ダメだ。なんかこのまま行かせたら、ダメな気がする。

 あと、この違和感が凄く気持ち悪い。気持ち悪くてたまらない。



「あ、あの!」



 後先考えず呼び止めると、ゆっくり振り返った。



「何か?」

「えっと……こ、ここが思い出の場所って、どういう意味ですか?」



 とにかく少しずつ、聞き出せる情報は聞き出さないと。

 おばさんはそっと目を細めると、小さく口を開いた。



「……なんてことはありません。この場所は、私と姉さんが小さい頃から遊んでいた場所です。この猫たちも、もう何代目なんでしょうかね……」



 私と姉さん。つまり、おばさんと純夏のお母さんだよな……。



「仲が良かったんですね」

「……ええ。当時はすごく仲のいい姉妹でした。私を愛してくれて、私を守ってくれた。両親に怒られた時も、いつも庇ってくれた。ですが……っ」



 何かを言おうとし、おばさんは口を閉じた。

 なんだ? 一体何を言おうとしたんだろう。

 聞こうかどうか迷っていると、純夏が立ち上がって前に出た。



「おばさん、私初めて聞いた。お母さんとおばさんが、仲が良かったって……お願い、聞かせて。なんで仲悪くなっちゃったの?」

「…………」



 純夏の言葉に、おばさんの目が揺れる。言うか、言うまいか。悩んでる感じだ。

 おばさんは一回深呼吸をする。と、もう普段の冷たい目に戻り──






「あなたのお母さんが……姉さんが、当時の私の彼氏を奪った。それだけですよ」






 ──残酷な事実を突きつけた。

 余りのことに、純夏は目を見開いて完全に固まってしまった。



「……うそ……」

「嘘じゃありません。私は高校一年生で、当時大学生の彼と付き合っていました。……姉さんは高校二年生で、私の彼を略奪……そして生まれたのが、あなたです」

「うそ……うそ……うそっ……!」

「聞きたいと言ったのはあなたです。受け入れなさい」



 到底受け入れられないだろう、そんなの。

 崩れ落ちる純夏の傍に、猫が寄り添う。

 今純夏は、猫に任せた方がいいだろう。アニマルセラピーって言うくらいだ。頼んだぞ、にゃんこ。


 庇うように純夏の前に立ち、冷たい目を受け止める。



「あなたは?」

「……吉永海斗です。今純夏さんは、俺の家で預かっています」

「そう。では吉永さん、純夏をよろしくお願いします。事実を聞いて、この子はもう帰ってこないでしょうし。勿論今までの分の生活費と、これからの生活費は保証します。それでは」

「待ってください!」



 なんでそうサクサク話を進めようとするんだ、この人は!

 おばさんは再度振り返ると、小さく嘆息する。



「……まだ何か?」

「なんで純夏さんのお母さんは、略奪愛なんてしたんでしょうか」



 今の話を聞いてると、そんなことをする人のようには聞こえない。

 おばさんは無言で俺を見る。

 いや、睨む? とにかく目力が強い。

 暫く互いに見つめ合うと、おばさんは俺らに背を向けた。



「……知りませんよ、そんなこと」



 そう言い残し、おばさんは去っていった。

 後に残されたのは崩れ落ちた純夏と、呆然としている俺。何も知らない猫だけだった。

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