第67話 ギャルと〇〇

 その後、なんとか俺たちは家に戻ってきた。

 純夏は終始ぼーっとしていたから、連れ帰るのに手間取ったけど。

 今はベッドに横になり、ずっと天井を見上げている状態だ。



「純夏、大丈夫?」

「……あんまり、大丈夫じゃないかもです」

「だよね……」



 実の親のことや、自分の出生の秘密を聞かされたら、そりゃあ精神的に辛いだろう。

 どうすればいいかわからず、ベッドの縁に腰をかける。

 純夏は俺の手を握った。

 震えてる。それに冷たい。



「私の記憶のお母さん……四歳の頃ですけど、お母さんって凄く優しかった覚えがあるんですよね。いつも笑顔で、綺麗で……誰かの彼氏を盗るって、どうしても考えられないんです」



 考えられないのか、信じられないのか……信じたくないのか。

 真実を知るのは、亡くなったご両親だけ。

 でも、今の俺に言えるのは……。



「一つ、いいかな」



 俺の言葉に、純夏は怯えたように身を震えさせた。



「な、なんですか……?」

「……………………あー、その。なんて言えばいいのか」

「なんすか、それ。……ふふ、カイ君ってヘタレですよね」

「わ、悪かったな」

「悪くないですよ。可愛いです」



 そんなこと言われとも嬉しくないんだが。

 純夏はちょっとは解れたのか、体の力を抜いた。



「はぁ……正直に言っていいですよ」

「え……?」

「……お母さんは、おばさんの彼氏を盗りました。そして私には、お母さんと同じ血が流れている。……人のものを盗るお母さんと同じ──」

「ダメだ」



 純夏の口を手で塞ぐ。

 目を見開いて俺を見上げる純夏の目は、どこか淀んでるように見えた。

 その言葉を口にしちゃいけない。絶対、ダメだ。



「純夏は、ずっとお母さんが好きだったんだよね。それなのに、あんなことを言われたからってお母さんを……自分を貶すようなことを言っちゃダメだ」



 純夏の頭を撫でる。慈しむように、気を逸らすように。

 純夏は起き上がって顔を伏せると、俺の胸倉を掴み上げた。



「だって……だって! お母さんがおばさんから彼氏を奪ったのは事実じゃないですか! その人が私のお父さんだっていうのは変えられないじゃないですか! 私には……私には、そんな血が流れてるんですよ!!」

「純夏……」



 どうする。どうする、俺。

 純夏が自暴自棄にならないように、どんな言葉を掛けるのが正解だ?

 ここで下手を打てば、純夏は取り返しのつかないことをするだろう。それだけは絶対避けなきゃならない。

 なら、俺は……。


 純夏の手を優しく包み込み、抱き寄せた。



「そんなことないよ。俺が純夏に言いたかったのは、そんなことじゃない」

「じゃ、なんすか……?」



 俺を見上げる目は、不安の色が濃く見える。

 そんな不安そうにしなくても大丈夫だよ。



「純夏が優しくて、頑張り屋さんで、気配りも出来て、友達も大切にして、思いの外負けず嫌いで、嫉妬深くて、でも元気で、明るくて。そしてすごくいい子だっていうのは、俺がよく知ってる。血がどうとか関係ない。純夏は純夏だから」



 そう。純夏は純夏だ。

 だから血がどうとかで、自分を卑下してほしくない。いや、しちゃダメだ。

 純夏の目に涙が溜まり、一筋の雫となって溢れた。



「カイ君」

「ん?」

「好きです」

「……ん?」



 す……き……?

 純夏が俺の首に腕を回し、そして──



「んっ……」

「んぐっ!?」



 き、キス……!? キスっ!? えっ!?



「んっ……んぁ……」



 深っ……! ちょ、待っ!

 逃げられないよう後頭部を手で抑えられ、更に奥深くに侵入してくる。

 あまりの事態に体が硬直する。それに、口の中を蹂躙される感覚に力が入らない。


 時間にして数分だろうか。

 ゆっくり口が離されると、銀色の橋が二人の間に掛かった。



「す、純夏。今の、て……」

「…………」

「……純夏?」

「……しゅぴぃ」



 寝た!?!?

 えっ、マジで寝た? 今のタイミングで!?


 とりあえず純夏を寝かせ、寒くないように布団を掛ける。

 えーっと……? なんかお母さんのことを話してたら告白されて、キスされて、寝落ちされて……?

 あ、頭が痛くなってきた。なんだこれは。


 ベッドから降りて、リビングでコーヒーを飲む。

 コーヒーうめぇ……。



「……どうしよ、これ」



 ソーニャからの告白を保留にしてる中、まさか純夏からも告白されるとは。

 ……いや、待てよ? 前に天内さんが言っていた。自分の気持ちは、純夏と同じだって。

 てことは……。



「頭痛てぇ……」



 本当か? 本当なのか?

 純夏も、天内さんも、ソーニャも……みんな俺のことが好き?

 そんなことが本当にあるのか?



「……信じらんないな」



 それよりも、まず優先するべきはことの真相だ。

 あの時のおばさん……何か知っているような感じだった。

 …………。

 寝室に戻り、純夏が熟睡してるのを確認する。

 ……よし、寝てるね。ごめん、純夏。

 鞄や財布の中を物色すると……あった、学生証。ちゃんと住所も書かれてる。

 住所をメモし、元に位置に戻す。



「じゃ、行ってくるよ」



 寝ている純夏の頭を撫で、俺は家を出た。

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