第65話 ギャルと秘密

 大きな本堂だ。少し廃れてる感はあるけど、手入れはされてるみたい。


 俺だけかもしれないけど、神社に来ると一気に外界と遮断されたような雰囲気になる。

 神聖で、近寄りがたい。

 そう思わせる何かを感じた。

 別に霊感はない。ただ、雰囲気がそんな感じってだけだ。



「この裏に行くので、まずは神様のご挨拶しましょう」

「ちゃんとしてるんだ」

「そう躾られたので」



 はぇー、なんか意外だ。

 話を聞いただけだけど、純夏の家ってもっと放任だと思ったのに。

 横目で純夏を見る。

 礼式に則ってお参りをしていて、礼儀正しい。

 その横顔は想像を超えて綺麗で、目を閉じている姿は神に仕える巫女のように見えた。


 思わず見とれていると、お参りを終えた純夏が俺の視線に気付いたのか、ムッとした顔をした。



「ダメっすよ、カイ君。お参りはちゃんとしてください」

「あ、はい」



 怒られちった。

 とりあえず俺も礼式通りにお参りをする。

 ……これでよし。



「終わったっすね。じゃ、行きましょー」



 純夏が本堂を回り、裏手に向かう。

 その後をついて行くと、周囲の木々や小高い丘の上ということもあり、人気が全く感じられない。

 まるで純夏と俺だけが、この世界に取り残されてしまったかのような……そんな感じだ。


 風が頬をいたずらに撫で、通り過ぎていく。

 木漏れ日が気持ちいい。

 ここ数日、ザワついていた気持ちが洗い流されるみたいだ。

 夏の到来を感じる。

 と、一足先に裏手に回った純夏が声を上げた。



「あ、いたいた」



 ん? 誰かいるのか?

 ゆっくり顔を覗かせる。

 そこにいたのは──。



「……猫?」



 猫だ。

 しかも一匹や二匹じゃない。

 五、六、七……十二匹もいる。

 純夏は切り株に座ると、一匹が膝の上に座り、何匹かも鳴き声を上げて擦り寄った。



「慣れてるんだね、ここの猫」

「はい。餌はあげてないですけど、昔から遊びに来てたんで。それで私に慣れてるんだと思います」



 なるほど、それでか。

 俺もゆっくり近づく。何匹かは俺を警戒し、純夏の後ろに隠れてしまった。

 あぁ、猫……。

 よく犬派と猫派という議論になるが、俺は動物全般が好きだ。犬には犬の、猫には猫のいいところがある。どっちが好きかなんて決められない。

 でも強いて言うなら、俺はホッキョクグマ派です。ホッキョクグマ可愛い。


 と、純夏が隠れた猫たちを撫でた。



「大丈夫だよ。この人、すごくいい人だから。みんなと仲良くなれるよ」

「「「……にゃー」」」



 え、お、え……?

 何匹かの猫が俺に近付き、脚に頭を擦り付けて来る。

 鼻先に手を寄せてみる。数回匂いを嗅ぎ、手にも頭を擦り付けた。



「お、おお……! 純夏、猫と話せるんだ」

「何ばかなこと言ってるんですか。ただずっと一緒にいたから、なんとなく気持ちがわかるだけです」



 そんなもんなのかね……?

 俺も純夏の傍に座ると、一匹の猫が俺の膝に乗った。



「お?」

「……にゃー」

「ふふ。撫でてーって。この子は喉の下が好きですよ」



 いや、絶対会話出来てるよね純夏。絶対意思疎通出来てるよね。

 言われた通りに喉の下を撫でる。

 気持ちよさそうに目を細め、ゴロゴロ喉を鳴らした。

 …………。



「なるほど。純夏が猫っぽいのは、この子たちの影響か」

「んなっ。誰が猫ですか……!」

「いやぁ、純夏は猫だよ」

「ふしゃー!」



 ほら、猫。

 ご機嫌ななめな純夏の頭を撫でる。すると、直ぐに目を細めてほにゃっとした顔になった。

 うーん、これは猫。



「それにしても、本当に人いないね。これだけ猫がいたら、猫好きにはたまらないと思うけど」

「階段も急で、結構長いですからね。神社も廃れてますし、ここまで登ろうとする人はそうそういないんですよ。だからここ、完全に穴場なんです」



 そういうことか。確かにあれを登ろうとは思えないからなぁ。



「純夏はどうしてここを知ったの?」

「思い出の場所なんです。……実の両親との」

「……実の、両親……」



 その時俺は、天内さんのお母さんが言っていた言葉を思い出した。

 心配しているから、連絡が欲しいという言葉。

 帰ってこいではない。連絡が欲しい。

 それだけで、純夏の両親は放任主義だというのがわかる。

 でも違った。それは放任主義ってだけじゃなかったんだ。

 純夏は猫を撫で、憂いを帯びた目で空を見上げる。



「私が四歳の時です。両親が車の事故で死んじゃいました」

「そ、れは……」

「あ、気にしないでください。もう十年以上前のことですし、私も気にしていませんから」



 ……嘘だ。

 気にしてないなら、なんでそんな悲しそうな顔をするんだよ。



「今の家は、お母さんの妹の家なんです。育ての親って言うんですかね。血は繋がってないけど、ここまで育ててくれました。……でも、育ててくれただけです。お母さんとおばさんは凄く仲が悪かったんです。その娘の私は憎いのか、今までろくに会話をして来ませんでした」



 純夏の語りを、ただ黙って聞く。

 いや、聞くことしか出来ない。

 今の俺は、傍にいてあげることしか出来ないから。



「そしてついこの間……カイ君と出会った日に、口論になったんです。原因は忘れました。でもおばさんの言った言葉は忘れていません。……なんで姉も、あんたみたいな奴も生まれてきたんだ……て……」

「────」



 何も言えなかった。

 育ての親と言えど、親が子供にそんな言葉を言うなんて。

 純夏は明るい笑顔を見せ、猫を強く抱きしめた。

 ……いや、明るくなんてない。無理に作った、辛そうな笑顔だ。



「流石の純夏ちゃんと言えど、むかちんと来まして。ついカッとなって頬をべちーんですよ」

「それで雨の日に家出か」



 それは怒ってもいいと思う。

 実の母親と自分の出生を貶されたんだ。ビンタの一つや二つ、見舞ってお釣りは来るだろう。



「はい。でもべちーんはやり過ぎたと思ってます。どっかのタイミングで謝りに行かないと──」






「その必要はありません」






「──ぇ……?」



 突然、第三者が現れた。

 黒いショートボブに、きつい感じの目付き。

 少しシワはあるが、目を見張る程の美人だ。美魔女というものだろうか。

 ……どこか純夏に似てる気がする。

 そうか、この人が……。



「おばさん……」

「純夏」



 純夏の育ての親か。

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