第64話 ギャルと散歩

 一時間経ってようやく戻ってきた純夏。

 が、警戒した猫のようにソファーの端っこに座って俺を睨んでいた。

 身を縮こませてぷるぷるしてる。



「……カイ君のえっち」

「いや、何もしてないんだけど」

「耳元で囁きました。えっちです。えちちです」

「それだけでえちち判定するのはどうかと」



 純夏と天内さん、二人が今まで俺にしてきたことを考えると、そっちの方がえちちなんだけど。

 ……思い出したら前かがみ事案だから、やめておこう。



「カイ君って、女の子の扱い慣れてますよね」

「気のせいだよ」

「そんなことないっす。攻められるのは慣れてないっすけど、攻めるのはすごく得意って感じがします」



 いやいや、本当にそんなことはない。

 ただ耳元で囁いた時の純夏の反応が面白いだけだ。

 でも純夏は納得してないのか、まだソファーの隅っこでうずくまっている。

 とりあえず純夏の近くに座ると、嬉しそうな顔を向けた。

 が、直ぐにぷいっとそっぽを向いてしまう。構ってちゃんか。



「純夏?」

「…………(ぷい)」

「……純夏ー?」

「…………(ぷぷい)」

「…………(なでなで)」

「にゃっ!? ……にゃぅ」



 驚いたような声を出したけど、直ぐに気持ちよさそうに目を細めた。本当、動物みたいだな。

 純夏は俺の肩に頭を乗せて、擦り寄ってくる。

 互いに無言の時間が続く。

 けどこの時間が心地いい。


 でも、家でずっと一緒にいるのもいいけど……。



「ねえ、やっぱりちょっと出掛けない?」

「え?」

「ほら、いつもと一緒もいいけど、たまには出掛けたらいい刺激になるかなーって。それに純夏と外で遊んだことってなかったでしょ」



 いつも家で添い寝するだけだもんな。学校で会っても、そうそう絡むことも少ないし。



「あー、確かにそうですね……わかりました。じゃあ、午後からお散歩に行きましょう!」

「散歩でいいの?」

「はいっ。カイ君と一緒ならどこでも楽しそうです!」



 あらやだ。いい子過ぎないこの子。



「それじゃあ早いけど昼ご飯の準備しようか」

「はーい」



 ご機嫌な純夏は嬉しそうにキッチンへ向かい、エプロンを身に付けた。

 なんとなくその姿が美しく見え……ついつい、写真に撮ってしまった。



「ん? カイ君、今私のこと撮りました?」

「あ。ご、ごめん。なんか撮りたくなっちゃって……まずいなら消すけど」

「大丈夫ですよ。むしろもっといっぱい撮ってくださいっす。……沢山、思い出作っていきましょう?」

「……だね」



 なんとなく気恥ずかしくなり顔を逸らす。

 そんな俺を、純夏は暖かい目で見守っていた。



   ◆



 昼食を食べ終え、俺らは外出の準備をして家を出た。


 純夏をは長いジーパンにへそ出しキャミソール。

 上から俺のワイシャツを羽織り、頭にはキャップを被っている。

 靴はミュールやヒールでもなく、歩きやすくスニーカーだ。

 ギャルっぽく、かといって品のない感じでもない。

 流石純夏。自分の見せ方をよくわかってる。



「さて、散歩とは言いましたが、どこにいきましょうかね」

「そうだねぇ。ぶっちゃけなんも考えてない」

「あ、それじゃあお気に入りスポットがあるんで、そこ行きましょうよ!」

「お気に入りスポット?」

「行けばわかります。さ、こっちでーす!」



 元気よく歩く純夏。

 住宅街を抜けて、少し奥まった場所に向かう。

 この辺に住んで一年以上になるけど、こっちの方は来たことなかったな。

 家と家の間隔が開くようになり、木々が増え始めた頃。

 不意に大きな鳥居と、急な階段が姿を現した。



「へぇ、こんな所に神社なんてあったんだ」

「ここ、ほとんど人が来ないんですよ。しかも神社裏となると、来客ゼロなんてザラなんですよね」

「なんでそんなこと知ってんのさ」

「サボタージュ♪」

「…………」

「そ、そんな白い目で見ないでください! 最近はサボってないですから!」



 そんな当たり前のことを堂々と言われても。

 本堂へ続く階段をゆっくり登っていく。

 思ったよりも急で、思ったよりも長い。運動不足の俺からしたら、息が上がるくらい疲れる。



「カイ君体力なさすぎ〜」

「ぜぇっ、はぁっ……! うっぷ」

「ちょ、疲れすぎて吐きそうじゃないですか」



 が、ガリ勉ヒッキー舐めるなよ。マジで学校とバイト以外に外出る機会なんてないんだから……!

 純夏に背中をさすられながら、ゆっくり登っていく。

 夏の陽射しも相まって汗が止まらん。



「ほい、とーちゃくっすよ」

「はぁっ、はぁっ。あー、運動辛い」

「カイ君はもうちょっと体力つけた方がいいっすね。いざって時に私ばかり動くことになりますよ」

「……どゆこと?」

「……あ」



 ボッッ──!

 うおっ、顔真っ赤!?



「ち、違っ。わ、私が動くっていうのはそういう意味じゃなくて……! そ、そう! カイ君の筋力が低下して動けなくなったら、私がお世話することになるじゃないっすか! そういう意味です!」

「そこまでぐーたらするつもりはないよ」



 というかそれじゃあ介護じゃん。何、おじいちゃんになるまで一緒にいてくれるの? プロポーズなの?



「さ、さあこっちっすよ。行きましょう!」



 話を逸らすように、純夏は慌てて本堂へと向かっていく。

 俺も息を調え、その後について行った。

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