第63話 ギャルと呼び方

 そのまた翌日。

 今日は月曜日。学校が先生の採点期間に入り、今日は俺たち生徒は休みだ。

 そして今日は清坂さんとお出掛けの日だ。

 と、思ったんだが……。



「ねえ、本当に出掛けなくていいの?」

「いいんです。今日は一日中、センパイは私の抱き枕っす」



 そう。起きてから飯やトイレ以外、俺はずっと清坂さんの抱き枕になっていた。

 外には出掛けず、ずっと俺の傍にいる。

 今はソファーに座っているけど、俺の膝の上に座って対面座位で抱き締められている。


 いい加減慣れたとは言え、もうかれこれこの体勢で二時間だ。

 その間、清坂さんはスマホをいじり、俺は俺でラノベを読んでいる。



「ソーニャと天内さんとは外に出たけど、これじゃあいつもと変わらないような」

「変わらないくらいが丁度いいんすよ。だってセンパイ、私たちの勉強の面倒を見たりして、ちょー大変だったじゃないですか。今日くらいはのんびりしましょうよ」



 清坂さん……めっちゃいい子だ。

 ありがたくのんびりさせてもらおう。

 ……でもちょっとだけ離れてほしいかな。これじゃあずっと緊張しっぱなしだから。



「そういえば、ツキクラ先輩とはどうなったんですか?」

「……どうなった、とは?」

「誤魔化さないでください。ツキクラ先輩、明らかにセンパイのこと好きですよね。土曜日水族館に行ったんですよね。それで何もないのってどうかと思うんですけど。まさか流れに身を任せてキスとかしてないですよね。暗がりに行って人目のない所で乳繰り合ってないですよね。満員電車に乗じてイチャツイテナンテイナイデスヨネ」



 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 瞳から光が消えてるから、いつもの笑顔が五割増しに怖く見える。



「ハハハ、ソンナコトスルハズナイジャナイカ」

「でっすよねー」



 ウンウン、ナニヲアタリマエノコトヲ。

 ……ほとんど合ってるなんて口が裂けても言えないな。

 あはは、おかしいな。俺、ここのところ誰にも言えない秘密ばかり増えてる気がする。


 瞳に光が戻った清坂さんは、俺の首に抱き着いて深呼吸を続ける。

 いや、本当に距離感バグってる気がする。俺は俺で嬉しいけど、男の色んなものが爆発ボンバーしそう。

 だがしかし。俺だって最近は女性とのふれあいに慣れている身だ。今更この程度で動揺していられない。


 俺も清坂さんの体に手を回し、ラノベの続きを読む。

 あ、あー、面白いなー、笑えるなー。あはは。



「ねーセンパイ。ページ進んでないっすよ」

「後ろに目でも付いてるの?」

「音が進んでないっす」

「うぐ」



 まさか音でバレるとは。

 あーはいはい認めますよ。緊張してますよ。

 なんか知らないけど、清坂さん相手だと慣れないんだよな。もう一ヶ月以上もソフレしてるのに。

 ……真正面から抱き着いてるから? ……うん、そうだ。そういうことにしておこう。

 それにいつもは横になってるけど、今は座ってるから。多分そういう環境の変化で緊張してるんだろう。うん。



「にへへ。センパイ緊張しちゃってかわい~」

「う、うるさい」



 だから頬をつつかないで。

 ご機嫌になった清坂さんは、鼻歌を口ずさみながらスマホをぽちぽち操作している。

 清坂さんも天内さんも、俺をからかうの好きすぎないか?



「……ん? あれ? ……ねえ、センパイ」



 ゾッ──。

 な、なんだ、今の底冷えするような冷たい声は……!?



「え。何、何……!?」

「今深冬とメッセしてたんですけど。……センパイ、深冬から海斗君って呼ばれてるんですか?」

「あ。あー……」



 そうだった。そのこと清坂さんに言ってなかった。言う必要もないとは思ったけど。

 清坂さんはジトーッとした目で俺を睨むと、俺の頬を両手で挟んできた。



「き、清坂さん……?」

「私もセンパイのこと、名前で呼びたいっす」

「え? ああ、うん。別にいいけど」

「じゃあ、海斗君……は、深冬と被るから……カイ君でどうですか?」

「……いいけど……」



 名前をあだ名で呼ばれるのなんて、いつぶりだろう。

 嬉しいような恥ずかしいようなむず痒さを覚えていると、清坂さんはもじもじしながら口を開いた。



「それともう一つ」



 ま、まだ何かあるの?

 動揺してるのか目の奥が揺れている。

 口をもにょもにょさせ、何かを言いたそうに口を開いては閉じる。



「ぁ、と……まぇ……」

「え?」






「こ、これからは、私のことを名前で呼んでくださいっす……!」






 …………。



「純夏?」

「はぅ!?」



 名前で呼ぶと、純夏は胸を押さえて崩れ落ちた。

 ちょ、大丈夫?



「や、やばいっす……! なんか精神的ダメージがでかいっす……!」

「じゃあ苗字に戻そうか」

「ダメっす! 絶対名前で呼んでほしいっす!」



 何その執念。



「というかセンパ……カイ君! なんでそんな抵抗ないんですか! こういう時の思春期男子は恥ずかしがるもんじゃないんですか!」

「その羞恥はソーニャを愛称呼びする時に通過した」

「きーーーーーー! 許すまじツキクラ先輩!」



 何に対抗してるんだ、この子は。

 でも名前呼びだけでこんなに反応するの、面白いな。どれ。

 崩れている純夏を抱き寄せ、頭を優しく撫でつつ耳元に口を寄せる。



「純夏」

「ひぅ!? ちょ、しぇんぱぃらめっ……!」

「いいじゃん。これがお望みだったんでしょ? ほら、純夏。純夏も俺のこと名前で呼んで」

「うぅぅぅ~……! か、かい、カイ君……!」

「よく出来ました。偉いよ、純夏」

「う……うぎゃあああーーーーーー!!」



 あ、怒った。

 羞恥に負けたのか、純夏は俺の拘束から抜け出して寝室に立てこもってしまった。

 可愛い反応するなぁ、あの子。

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