第62話 小さな不幸と小さな幸運

「それで、今日はどこ行くの?」

「遊園地だよ。丁度お母さんから、遊園地のペアチケット貰ったんだよね」



 人差し指と中指でチケットを挟み、ひらひら〜と振る。

 このタイミングで遊園地のペアチケットか。ありがたいな……今度菓子折り持って挨拶に行こう。色んな意味で。



「そういえば、お母さんは元気?」

「うん。最近は私がパイセンの家に入り浸ってるの知って、付き合ってるって勘違いしてるよ」

「え」



 知ってる……え、知ってるの? 天内さんが俺の家に入り浸ってるの、知ってるの!?

 それヤバいんじゃないか? 天内さんのお母さんは確か教師だったはず。不純異性交友とか思われてるんじゃ……!?


 ま、待て待て。まだ慌てるような時間じゃない。知ってるだけで、ハフレってことは知らないだろう。

 ……なんか途端に申し訳なくなってきた。本当、今度菓子折り持っていこう。



「因みにお母さん、凄く喜んでたよ」

「……喜んでた?」

「吉永海斗君なら安心して任せられるって。どうする? 親公認だよ?」

「か、からかわないでよ」



 確かにあの時、「覚えておく」って言われたけど。

 気恥ずかしくなり頬を掻いていると、天内さんはむーっとした顔をした。



「何?」

「べっつにぃ〜」



 急に不機嫌になるじゃん。

 女心わからん。

 再度聞こうとした、次の瞬間。



「うお!?」

「キャッ!」



 突然の突風が俺らを襲った。



「あーもう! 髪ボサボサー!」

「すごい風だったね。ビックリ……あれ? 天内さん、チケットは?」

「え?」



 さっきまで持っていたチケットが手にない。

 体の色んな場所を手で触り、鞄の中を漁り、ひっくり返し。

 錆び付いたロボットのように俺を見上げる天内さん。



「…………」

「…………」

「…………(ぶばっ!)」



 泣いた!?



「ちょっ、天内さん大丈夫!?」

「にゃい……ちけっと、ない……にゃぃ……ふぇ……」



 マジ泣きの大号泣じゃないですか!?

 ちょ、ここ駅前! 人目ありすぎ!



「ねえ、あの子泣いてない……?」

「やだ。痴話喧嘩?」

「あんな可愛い子を泣かせるなんて……」

「顔はいいのに最低な男」

「クソ野郎じゃん……」



 ほらぁ! ほらぁこうなるぅ!



「あ、天内さん、とりあえず移動しようかっ」

「うぇぇん……びえぇん……」



 うずくまって全く動かない。こんなに泣いてるの、あの公園の時以来だ。

 しょうがない。ちょっと申し訳ないけど……。



「天内さん、ごめんっ」

「んにゃっ!?」



 天内さんを横抱きで抱えると、人目のない場所まで走っていく。

 駅前から走ること五分。近くの公園にやって来て、ベンチに座らせた。



「はぁっ、はぁっ……だ、大丈夫?」

「ぅ……ぅん……」



 走ってる間に冷静になったのか、泣き止んでいた。

 でも目元は腫れてるし、顔も真っ赤だ。

 近くの自販機でお茶とミルクティーを買い、ミルクティーを天内さんに渡す。



「あ、ありがとう……」

「どういたしまして。こういう時は甘いもん飲んだ方がいいよ」

「うん……ごめんね、せっかく遊園地に行けたのに……」

「気にしないで。……なんて、気にしちゃうよね」



 俺の言葉に天内さんは小さく頷いた。


 さて、ここで俺には三つの選択肢がある。

 一つ。黙ってそばにいる。

 これでもいいだろうけど、慰めるという点では解決にならない。

 二つ。頭を撫でる。

 ハグをする仲だ。頭を撫でるのも許してくれるだう。でもこれも違う気がする。

 三つ。…………まあ、俺らの関係を考えると、これが一番慰めになるかなぁ。


 天内さんをチラ見。

 明らかにまだ沈んでる。あんなに楽しみにしてたもんね。

 仕方ない。ここは男を見せる時だぞ、俺。


 生唾を飲み込んで天内さんの肩へ手を回すと、ハグをするように少し強く抱き寄せた。



「ぱ、パイセン……!?」

「……ハフレの俺には、これくらいしか出来ないから」

「んーん……嬉しい。初めて、パイセンからハグされた」



 そうだったか? ……そうだったかも。

 基本、天内さんからハグされてたからな。俺からするのは、なんか恥ずかしくて。


 天内さんは体の力を抜いて、ゆっくり俺に体を預ける。

 流れで頭を撫でると、くすぐったそうに笑顔を見せてくれた。

 よかった。やっぱり天内さんは、笑った顔が一番似合うから。



「ねぇ、パイセン」

「ん?」

「……これからは、海斗君って呼んでもいい?」

「……ああ、いいよ」

「えへへ」



 天内さんは人懐っこい笑みを浮かべ、しばらくの間ずっと俺に寄り添う。

 が、そこに。



「わふっ」

「え?」

「あ、わんこ」



 三匹のラブラドールレトリバーが近付いてきた。

 でけぇ、かわえぇ、もふもふ。

 その中の二匹が俺らの前に出ると、口の中の何かを俺の膝の上に乗せた。

 ヨダレがついてるけど、これ……。



「遊園地のチケット?」

「え!? 嘘っ、マジ!?」



 天内さんが顔を輝かせてそれを受け取る。

 どうやら、拾って匂いを辿って届けてくれたらしい。賢すぎか、この子ら。



「うぅ〜! 君たち好きぃ! 愛してる〜!」

「「「わふぅ!」」」



 天内さんが三匹に抱き着くと、三匹は嬉しそうに天内さんの頬を舐める。

 結局置いていかれた飼い主さんが到着するまで、俺らはわんこと戯れて遊んでいたのだった。


 遊園地はまた今度、ということで。

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