第33話 ギャルとの関係と一触即発

「海斗、なんか最近楽しそうじゃない?」

「……楽しそう?」



 週明け。教室で授業の準備をしていると、悠大から唐突にそんなことを言われた。

 楽しそう? そう見えるのか?

 思わず顔周りを触る。

 うーん、特に変わった感じはしないけど……。



「……どの辺が?」

「口元がニヤけてる」

「えっ」



 全く意識してなかった。

 そんなに顔ニヤけてるのか、俺?

 顔周りをぐにぐにと解していると、悠大の後ろからひょこっと女の子が顔を覗かせた。


 スラッとした長身に長い手足。

 整った顔立ちはヤンチャのようにも、落ち着いてるようにも見える。

 母親がロシア人、父親が日本人のハーフで、生まれながらのプラチナホワイトの髪色に青い瞳。


 芸能活動は一切していないが、可愛すぎる女子高生として割と有名な子だ。


 月藏ソフィア。愛称はソーニャ。

 中学からの腐れ縁で、ちょっと派手な女の子。

 友達という程の距離感でもないし、絡みも少ない。だから腐れ縁だ。



「あ、ソフィア。おはよう」

「ゆーだい、おはー。ヨッシーもおっすー」

「おはよう、ソーニャ。……またか?」

「にへへ。もーしわけない」



 で、絡みの少ない月藏がどんなタイミングで俺に絡んでくるかと言うと。



「ヨッシーめんごっ。きょーのすーがくの宿題見せてっ」

「やっぱりか」



 宿題を自分で片付けられなかった時、月藏はこうしてやってくる。

 まあ、いつもお返しに紙パックの牛乳を奢ってくれるから、別にいいんだけど。


 牛乳を片手に、月藏はにへへと笑った。



「いやー、やろうと思ったんだけど、きのーはバイト忙しくてー」

「土曜は?」

「寝てた!」



 悪びれもなく何を堂々と。

 もう慣れたから、別にいいけど。



「次の休み時間には返せよ」

「にへへっ、あざっす! そーいう優しーとこ、スキだよ!」



 相変わらず、もの凄く軽くスキとか言うな。

 しかも、この程度のことでチークキスまでしてくるし……ロシア人の距離感、どうなってんだ。


 そっと嘆息し、カバンの中を漁ってノートを探す。

 えっと、数学のノート、ノート……あったあった。

 直後、手に取って違和感に気付いた。


 このノート、俺のにしては綺麗すぎないか?


 慌てて中身を見る。

 ほとんどまっさらだ。でも先頭の一ページだけ、勉強している形跡がある。


 この文字、清坂さんの……あっ、そういや昨日の夜、勉強教えてって言われたんだった……!

 多分、片付ける時に間違えたんだろうけど、まさかこんなことで気付くなんて……!



「? 海斗、どうしたの?」

「ヨッシー?」

「え、えーっと、その……」



 どうする。どうやって切り抜ける、このピンチをっ……!

 数学は三時間目。休み時間の間にどうにか交換すれば問題ない。

 けど、今この場の言い訳をどうする? ……ダメだ、何も思いつかない。


 二人が訝しげな視線を向けてくる。

 やっぱ忘れたと言って切り抜けるか? いや、悠大は俺がそんな奴じゃないってことくらい知っている。この手は使えない。


 あーもうどうしたら──。






「あ、いたいた。海斗センパーイ!」






 ……え?


 教室がざわつき、クラスメイトが俺と声の主を交互に見る。

 こ、この声……まさかっ?



「き、清坂、さん……!?」



 ちょ、な、なんでここに!?


 悠大とソーニャも、ぽかーんと俺と清坂さんを交互に見ている。

 だよね、そんなリアクションになるよね。俺だってぽかーんとしてるもん。


 清坂さんは周りの目も気にせず教室に入ってくると、小走りでこっちに近付いてきた。



「センパイ、昨日は数学の勉強見てくれて、あざっした! でもノート間違えて持って帰っちゃってますよ」

「ぇ……あ、あーっ、そっか。ごめんごめん」



 清坂さんが後ろ手に持っていた俺の数学のノートと、カバンに入っていたノートを交換する。

 と、悠大が「か、海斗!?」と身を乗り出した。



「き、清坂さんと知り合いだったの!?」

「そっすよー。ちょっと訳あって、昨日勉強見てもらったっす。ね、センパイ!」

「そ、そうなんだよ。まあ色々とあって知り合うことになって」



 正直には話せないから濁すが、あの清坂純夏と知り合ったという事実に、クラスの男子(一部女子)がザワついた。


 まあ、清坂党ってファンクラブが出来るくらい人気者なんだ。そんな子と一緒に勉強なんて、普通じゃ有り得ないもんな。



「ありがとう、清坂さん」

「いえいえ、これくらいどーってことないです」



 清坂さんとノートを交換し、それをソーニャに手渡した。



「はい、ソーニャ。数学のノート」

「あ、うん。ありがとう。…………」



 ソーニャはノートと俺、そして清坂さんを順番に見た。

 ちょっとだけいつもより目が鋭いような……なんで?



「キヨサカさん、だっけ?」

「はいっ。先輩は、ツキクラ先輩ですよね? 一年の間でも、美人の先輩って有名っすよ」

「キヨサカさんに褒められるなんてこーえいだね。どうも、ヨッシー……吉永海斗とはちゅーがくからの付き合いのある月藏ソフィアだよ」

「あっはー! どもども、海斗センパイと色々と仲良くさせてもらってます、清坂純夏ちゃんでーす」



 誤解を招くような言い方をするんじゃない!

 ほらぁ、クラスメイトからの視線の圧が凄いことになってるから!


 清坂さんとソーニャの視線が交錯する。

 なんか、仲悪いような?



「って、ソーニャ。お前宿題写さないの?」

「あっ、そーだった! じゃ、ノート借りるね!」



 ソーニャは去り際にチークキスをすると、ドタバタと自分の席に戻って行った。



「……清坂さんも、そろそろ自分のクラスに……って、あれ? いない……」



 いつの間に戻ったんだ? まあいいけど……帰ったら、不用意なこと言わないように注意しないと。



「か、い、とぉ?」

「え、悠大……? か、顔怖いぞ」



 いや、悠大だけじゃなくて他のクラスメイトも……!?



「ちょーっとお話、聞かせてもらおうか?」



 あぁ……家に帰る前に、この地獄を乗り切らないと。

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