第28話 ギャル友と一件落着(?)

「ぐすっ……ご、ごめん。泣いちゃった……」

「気にしないで。吐き出せてよかったよ」



 それから二十分。たっぷり泣いた天内さんは、どこか清々しい顔をしていた。

 まだ俺の手を離さなず、迷子になった子供みたいに握ってくる。


 そんな天内さんの横に座る清坂さんは、よしよしと肩をさすっていた。



「それで、これからどうする?」

「……謝りたい、です。私のせいだから……」

「ですって」

「……ふぇ……?」



 公園のすぐ側のポスト。

 その影に隠れていた人に声を掛けると、そっと顔を覗かせた。


 天内さんそっくりの美人さん。

 でも、歳をとってるからか大人の女性の色香が醸し出されている。

 急いで来たのか額どころか胸元にまで汗が滲み、息切れしている姿がなんとも……コホンコホン。



「お、おか、さ……!? な、なんでここに……!?」

「あ、ごめん。私が連絡した」

「純夏!?」

「だって、どうせ謝りたいって言うに決まってるし。深冬、いい子だから」

「で、でも心の準備……!」

「そんなの待ってたら、いつまで経っても仲直り出来ないでしょ。ほらほら」

「わっ、ちょっ……!」



 清坂さんに押され、天内さんが前に出る。

 が、俺の手を握ったままだから、俺まで前に出てしまった。しかも離してくれない。

 あの、流石に離してくれませんかね? 俺、これ関係ないよね?



「お、お母さん……」

「深冬」



 険しい顔付きのお母さん。

 それに対し、天内さんは萎縮するように俯いてしまった。しかも俺の手を握って離さないし。

 不安なのはわかるけど、この場に俺の居場所はないよ。お願い離して。



「天内さん。落ち着いて」

「ぅ……パイセン……」

「大丈夫。正直に話してみて。ね?」

「……うん」



 天内さんは俺の手を離さずに深呼吸をし、一歩前に出た。



「お、お母さんっ。その、えと……なんというか……ごっ、ごごご……ごめんなさい!!」



 多くを語らず、ただ頭を下げて謝罪する。

 そんな様子を、天内さんのお母さんはただ無言で見つめるだけ。

 と、不意に天内さんのお母さんが俺を見た。



「あなた、深冬のなんですか? 彼氏?」

「ち、違います。俺は清坂さんの友人で、偶然居合わせて……」

「そう、純夏ちゃんの……」



 今度は俺と天内さんが繋いでいる手を見る。

 あれ? これ、まずいんじゃ? ギャルが嫌いなお母さんってことは、真面目な人なんでしょ? それなのに、見ず知らずの男と手を繋ぐってアウトなような……?



「あ、天内さんっ。て、手をっ、手を離した方が……?」

「だ、ダメっ。なんか安心するというか……勇気を貰えてる気がするから……」



 何それどゆこと……!?


 しばしの間、沈黙が続く。

 天内さんのお母さんは俺たちをジーッと見つめていたが。次の瞬間、脚を一歩踏み出した。


 ゆっくりと天内さんに近づいてくる。

 天内さんは顔を上げないまま、体を僅かに硬直させた。



「深冬、顔を上げなさい」

「ぅ……はぃ……」



 天内さんは、怖々と頭を上げる。

 こうして見ると、本当にそっくりだ。姉妹と言っても信じられるくらい、お若い。


 天内さんのお母さんは、天内さんの頬にそっと手を添えた。

 まさか、ビンタか……? 天内さんも体を強ばらせてるし。


 場に緊張が走る。

 が……急にお母さんが小さく笑った。



「全く。こんなに泣き腫らして……可愛い顔が台無しじゃない」

「……ぉかぁ、さん……?」

「あなたは昔から変わらないわね。怒られると、何かをギュッと握って離さない癖……見た目は派手になっても、全然変わらない……」



 手を握っている俺を見て、優しく微笑んだ。



「……ごめんなさい、深冬。まさかあなたがあんなこと言うとは思わなくて……お母さんも、ついカッとなっちゃったの。いえ、カッとなっちゃったでは済まないわね。言ってはならないことを言ってしまった……本当、ごめんなさい」

「う、ううん! お母さんは悪くないっ。わ、わたっ……わだじがわるいがらぁ……!」



 ここでようやく、天内さんは手を離してお母さんに抱き着いた。

 お母さんも、目に涙を浮かべて天内さんを強く抱き締める。


 そんな二人の様子を、俺と清坂さんは離れて見守った。



「仲良いんだね、天内さんの家は」

「基本的にはそうっすね。深冬のお母さん、隣町の高校の先生なんで、そういうのに厳しいんすよ」



 なるほど、それで口論に。



「いいお母さんじゃないか」

「そっすね。羨ましいです」

「わかる」

「私らは傷の舐め合いでもしますか」

「それしか慰める方法もないしね」



 二人で思わず苦笑いを浮かべる。

 本当、世の中いろんな家庭があるんだなぁ。


 そんなことを思っていると、天内さんのお母さんがこっちを見た。



「純夏ちゃん。連絡してくれてありがとう。そっちのあなたも、深冬の傍にいてくれてありがとうね」

「親友として当然だよ、おばちゃん!」

「まあ、俺も成り行きということで」



 清坂さんと一緒にいて、着いてきたに過ぎないからな、俺なんて。天内さんとはそこまで交流もないし。



「ふふ。でも深冬の傍にいてくれたのが、あなたみたいな優しい男の子でよかったわ。お名前はなんて言うの?」

「……吉永、海斗です」

「吉永海斗君──覚えておくわね」



 覚えておく。

 その言葉が、妙に耳に残った。



「ああ、それと純夏ちゃん」

「はい?」

「ご両親が心配してるわよ。ちょっとくらい連絡して欲しいって」

「う……はぁい……」



 ……ん?



「天内さんのお母さん。聞いていいですか?」

「何かしら」

「清坂さんのご両親が、連絡して欲しいって言ったんですよね?」

「そうね」

「……帰ってきなさいではなく?」



 俺の疑問に、隣に立っている清坂さんが俯き、天内さんもあわあわした。

 え、今のまずい質問だった? 俺、地雷踏み抜いた?


 天内さんのお母さんはじっと俺を見つめると、小さく嘆息した。



「詳しいことは、純夏ちゃんから聞いた方がいいわよね。それじゃあ深冬、帰りましょう」

「……ごめん、お母さん。もう少し二人の傍にいさせてくれる?」

「……しょうがないわね。遅くならないうちに帰ってくるのよ」

「うん」



 天内さんのお母さんが、お辞儀をして公園を去る。

 微妙な空気のまま、俺らは公園に残された。

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