第26話 ギャルとラノベと不吉な電話

   ◆



「しゅかー……しゅぴー……」



 ……清坂さん、よく寝てるなぁ。

 時刻は既に朝の八時。

 いつもなら七時には起きてるけど、清坂さんが気持ちよさそうに寝てるから、起きるに起きれない。


 しかもこの子、俺の腕どころか体を抱き枕にしてるし。

 ヤバい。脚まで絡めてきてるから全身の柔らかさと色んなところの形がわかってやばい。やばい。やばい。


 起こしてあげるべきなんだろうけど、こんな気持ちよさそうに眠る清坂さんを起こすのは、何となく忍びないというか。

 いや、それ以前に俺の男としての本能が、今を楽しめと叫んでいる(気がする)。


 俺はどうすれば。


 清坂さんが寝息を立てる度に、色んなところの柔らかさが形を変える。

 今、俺の理性が試されている。



「んっ……んん……」



 若干ポジションが悪いのか、清坂さんはもぞもぞと動いていい位置を探そうとしている。


 と、俺の首元に頭を突っ込み、動きが止まった。

 どうやらそこが一番居心地がいいらしい。


 ……が、清坂さんの吐息が首に当たるし、その上耳元でむにゃむにゃ言ってるから、さっきよりオレの理性がマッハで削れる。

 しかもなんか色々と突起とか感じる気がする。しかと擦れてるし。でも気がするだけだ、気にするな。

 落ち着け。落ち着け俺。クールだ、クールになれ。

 煩悩退散、煩悩退散、煩悩退散、煩悩退散……。



「んぁ……んっ……ぁ……ぁん」



 ぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ煩煩煩のののののののののののの退退退退退退退退退退散退散退散退散退散退散退散退散退散退散退散退散。



 ──ブーッ



「んぁ? ふあぁ〜。すまほ、すまほ……」



 お、起きた……よかった。起きてくれた。

 スマホの僅かなバイブレーションで起きるって、流石現代っ子。


 でも寝惚けてるのか、俺に抱き着いたまま俺の体をわさわさとまさぐってくる。

 あっ、ちょ、そこはダメ……!?



「き、清坂さんっ! 清坂さんのスマホこれっ、これだからっ!」



 枕元にあったスマホを渡すと、寝ぼけ眼を擦って受け取った。



「ん……ふあぁ〜〜〜〜……ありがとごじゃます」

「ど、どういたしましてっ」



 起き上がった清坂さんに即背を向けて、寝室から飛び出る。

 ソファーに座り込み、色んなものを吐き出すように深々とため息をついた。


 本当、いつか間違いを起こしそう。






 その五分後。ようやく清坂さんが起きてきた。

 さっきまでの眠そうな目はどこへやら。もう完全に起きたらしい。



「センパイ、おはよーございます!」

「お、おはよう。朝から元気だね」

「はいっ! 今日は日曜日! しかもセンパイもバイト休みなので、いっぱい遊べます!」



 俺も一緒に遊ぶこと前提なのか。

 まあ、日曜日はいつもやることないし、いいんだけど。



「遊ぶって言っても、何するの? うち、漫画とかラノベくらいしかないけど」

「あー、確かにセンパイってゲーム持ってないっすよねぇ。外でもいーっすけど、私らの関係がバレちゃうかもしれないっすし……なら、今日は添い寝しながら漫画とか読むっす!」

「え、いいの?」

「はい! センパイ、買ってきた本読めてないじゃないっすか。なら今日はそういう日にするっす!」



 お……おおっ。嬉しい。オタクに優しいギャルは実在したんだっ。



「ありがとう清坂さん。じゃ、今日はのんびりしよっか」

「はいっす!」



 ベッドに向かい、壁を背にして足を伸ばす。

 と、清坂さんは俺の脚を枕にして寝転がった。



「えへへ。センパイの膝は、今日一日私の特等席っす」

「わかった、わかった」



 添い寝だったり膝枕だったり、清坂さんって意外と甘えん坊なんだな。

 いや、清坂さんの家の事情を思うと、こうなるのも必然なのかも。



「センパイは何読むんすか?」

「俺はラノベの新刊かな。清坂さんも、これ読む? 一巻からあるけど」

「んぇー、らのべって小説っすよね。私、文字苦手なんすよねぇ」

「まあまあ、少しだけ。ね?」

「うー……センパイがそう言うなら」



 書架から一巻を取り、手渡した。

 俺の膝を枕に、眠そうな目で文字を追う。

 ペラ、ペラ。紙を捲る一定の音が聞こえる。

 こうして何もなく、ただのんびりとした日常も悪くない。


 清坂さんも、思いの外集中してラノベを読み込んでいた。

 しばらく無言の時間が続く。

 と、不意に清坂さんが勢いよく起き上がった。



「ど、どしたの? 大丈夫?」

「……センパイ。これの続き、あります?」

「えっ。あーうん、ここに……」

「あざす」



 今度は俺の横に座り、集中して読み始めた。

 まだ一巻を読んで一時間半しか経ってないのに、もう二巻を……? しかも二巻目も相当読むのが早いし。



「……清坂さん、それ読めてる?」

「すんません。今いい所なんで」

「あ、ごめんなさい」



 凄い集中力だ。こんなに集中してる清坂さんを見るの、初めてかも。

 って、もう十二時か。お昼作らないと。



「清坂さん、お昼何がいい?」

「いらないっす」



 どハマりじゃないっすか。

 まあ、清坂さんがいらないならそれでいいけど。

 凄いな、こんなに集中するなんて。


 俺も隣でゆっくり読み進める。

 清坂さんはハイペースで読み進め、俺が半分も読まない間に二巻目を読み終えた。



「センパイ、ごめんなさいでした」

「ん? 何が?」

「正直、漫画とからのべとか、オタクが読むものって思ってました」

「まあ間違ってはない」

「でも……なんすかこれ! めちゃめちゃ面白いじゃないっすか!!」



 おめめキラキラ、鼻息ふんふん。もう大興奮だ。


 清坂さんはラノベを抱きかかえると、脚をバタバタと動かした。



「このヒロインの女の子もサイコーに可愛いっすけど、お兄ちゃん大好きな義理の妹ちゃんもゲロ可愛い! 何これ、こんな面白いもんがあったんすか!?」

「ラブコメ、気に入ったみたいだね」

「らぶこめっつーんですか!? これ、何巻まであるんです!?」

「俺の読んでる、七巻まで出てるよ」

「ということはあと五巻で終わってしまう……!? いや、あと五巻あると考えるべき……!? ううっ、続きが読みたい! でも読むと終わってしまう……なんということでしょう!」



 この清坂さん、動画に撮って悠大に送り付けたい。



「あああああっ! 見てくださいセンパイ! このカラーの絵、可愛すぎりゅぅぅぅうう! エモいっ! これが真のエモ! しかも全裸とかヤバい! エロい! ぬへへへへへっ」



 限界オタクみたいなこと言い出したぞこの子。

 でもわかるなぁ、その気持ち。俺も最初にラノベに触れた時、こんな感じだったもん。



「と、とにかく続きを……あーでもこうなると他の本も気になってきました……!」

「時間はあるんだし、好きに読んでいいよ」

「そ、そっすよね! なら続きを……って、ん?」



 丁度その時、清坂さんのスマホがけたたましく鳴った。



「むー。せっかくいい所だったのに……って、深冬?」



 え、天内さん?

 清坂さんは首を傾げて通知に出た。



「もしもーし。どしたー?」

『────! 〜〜〜〜!!』

「うっさ。また親? ……え、ちょ、泣いてんの? は? 死ぬ? ままま、待って待って。今行くからっ!」



 …………。



「ちょっ、今不吉な言葉が聞こえたような!?」

「わかんないっす! え、深冬どこ!? マッハで行くから、はやまんなし!」



 清坂さんは急いでズボンと靴を履いて飛び出した。

 俺も鍵とスマホを手に、急いで後を追い掛ける。

 って、清坂さん脚はえーなおい!?

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