第20話 バイトの先輩と軽口

   ◆



「花本さん。恋ってしたことあります?」



 バイト先のコンビニで、俺はペアを組んでいた花本さんに質問した。

 花本はなもとカレンさん。大学生で、白百合さんと同い歳。大学も一緒みたいで、たまに街中で一緒にいることも見掛ける。


 そんな花本さんはジトーッとした目で俺を睨み、深々とため息をついた。



「吉永。君は私が恋をしたこともないガサツな女だって言いたいのかな? ん?」

「いえ、そういう訳では」



 カレンという名前だが、本人は結構ガサツな性格だ。

 バイトに来る時は基本ジャージ。ハーフなのかクオーターなのか、髪はプラチナブロンド。でもくせっ毛で至る所がくるくるしている。


 眠そうな目はいつも通り。その見た目と相まって、初対面では怖がられがちだ。


 だけど面倒見がよく、こういう相談にも気軽に乗ってくれる。

 が、今回は初手をミスった。今の花本さん、ちょっと不機嫌だぞ。



「私だって恋の一つや二つする。大学生なんだ。パートナーの十人や二十人」

「え」

「うそぴょん」



 嘘かい。

 花本さんは頭の上に手を上げ、うさ耳っぽく動かす。



「なんだい吉永。恋でもしたかい?」

「恋というか……よくわかんなくて」

「一発ヤっちゃえば?」

「なに言ってんの?」



 ついタメ口になってしまった。

 でもわかってほしい、この気持ち。本当何言ってんのこの人。



「一発ヤって、相手を思いやる気持ちが残れば恋。そうじゃなきゃ性欲。わかりやすいっしょ」

「あんたに聞いた俺が馬鹿だった……」

「大学生の恋愛と、高校生の恋愛を一緒に考えちゃ駄目。大学生はもっと生々しいから」

「白百合さんは?」

「あの子は希少種。同い歳でお処女様のお姫様ですから」



 確かに。

 同級生の話を聞く限り、高校二年生で既に経験してる人は結構いる。

 俺? 聞くなよ、恥ずかしいな。



「私としては、白百合は吉永とくっ付いてほしいんだよね」

「え、俺?」

「うん。白百合は私の大切な友達だから、下手な男に引っかかって欲しくない。その点、吉永なら安心して任せられるし」



 花本は眠そうにあくびをし、「まあ」と話を続けた。



「吉永も恋してるっぽいし、私からとやかく言うことはないか」

「だから、恋じゃないですって」

「なら一発ヤってみろよ。わかるから」

「大学生と高校生を同じにするなって言ったの自分だろ」

「最終的には歳を重ねるんだから、早いか遅いかだって」



 清坂さんと同じこと言ってるのに、清坂さんの方が清純に感じる。不思議。



「てか、恋かどうかもわからないって、もしかして吉永……」

「うっ……まあ、色々あって初恋もまだで……」

「なるほどな。だから私に聞いてきたのか」



 本当は白百合さんに聞こうと思ったけど、今日は金曜日。帰っても既に飲んだくれしかいない。

 それに酔ってなくても、白百合さんに恋の話は禁句だ。どっちに転んでも面倒くさい。


 花本さんは腕を組んで、にししっと笑った。



「それにしても恋かぁ。青春してんじゃん、吉永」

「だから恋じゃ……あー、もういいです。それで、花本さんの初恋っていつなんですか?」

「中学ん時かなぁ。いやぁ、勢いって怖い」



 当時何があったのかは聞かないでおこう。

 はぁ……花本さんに聞いてもいまいちピンとこないし、どうしたもんかな。

 いや、この感情が恋かどうかは本気でわからんけどね。



「もし不安なら、私が卒業させてやろうか?」

「…………」

「童貞だから不安なんでしょ。私で練習しとくか?」



 そのガチっぽいトーン、やめてほしい。

 うーん……まあ。



「お断りします」

「うん、知ってる」



 そう、このやり取りは結構定番だ。

 俺と花本さんの関係も結構長い。こういうふざけたやり取りも、ど定番だったりする。


 最初はきょどったりしたけど、流石に一年も一緒にいたら慣れますよ。


 と、丁度その時お客さんが入って来た。



「「いらっしゃいませー」」

「タバコいいっすか?」

「あ、はいっ」



 花本さんとの会話を切り上げ、仕事に戻る。

 ──そのせいで、花本さんの次の言葉は俺には聞こえなかった。






「また振られちった」

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