第19話 ギャルと腕枕

「〜〜♪ 〜〜〜〜♪♪」



 ベッドに横になり、リップを眺めてずっとご機嫌の清坂さん。

 昨日から横で添い寝することになり、俺もベッドに横になってるけど……眠れない。目がギンギンに冴えている。



「海斗センパイ、どうしてそんな端っこにいるんです?」

「お、お構いなく。端っこが好きなので」

「でも、もっとこっち来ないと落ちちゃいますよ。ほらほらっ」

「わ、ちょっ……!」



 き、清坂さんっ、最近強引すぎじゃないですかねっ……!?

 腕を引かれ、清坂さんとの距離が近くなる。

 うぅ。可愛い、暖かい、いい匂い……!



「あ、そういえばセンパイ。最近私、ソフレについて調べたんすよ」

「ソフレについて?」

「はいっす。どうやらソフレって側で寝るだけじゃなくて、腕枕や抱き枕なんかで人肌を感じるものらしいっすよ」



 へぇ、腕枕や抱き枕……え?



「という訳で、今日は腕枕に挑戦っす」

「待て待て待てっ。ホント待って……!」

「む。なんすか?」



 なんすかじゃないわ、なんすかじゃ!



「お、俺らって、まだソフレになって数日だよ? 流石にペースが早いと思うんだけど」

「こういうのに、早いも遅いもないっす。やるかやらないかっす」



 あらやだ男らしい。

 こういうところを見ると、ギャルってさっぱりした性格してると思う。



「それに、抱き枕はもうやってるじゃないっすか。ほぼ事故でしたけど」

「確かに」



 あれに比べたら、腕枕はセーフ……か?

 なんだかアウトとセーフの境界が曖昧になってる気がする。



「……ちょっとだけね」

「! センパイ、流石っす」



 何が流石なのやら。

 腕を清坂さんの方に伸ばすと、遠慮もなく腕を枕にして横になった。



「おぉ……これ、すごく心地いいっす」

「そう?」

「はい。今までも心の隙間を埋めてたのに、これは段違いです。心がポカポカします」



 清坂さんの言っている意味、なんとなくわかる。

 俺も最初は緊張したけど、いざ腕枕をすると……緊張より、安心感の方が強い。

 人肌というか、重みというか……そういうのが全て心地いい。



「なるほど。これが本当のソフレなんすね。今まではモドキでした」

「モドキかどうかはわからないけど、確かにこれはいいかもね」



 俺も今まで、こうして誰かと寝たことはなかった。

 もちろん、親も含めて。

 こうして隣で人肌を感じるって……こんなにも安らぐものだったんだ。

 話を聞く限り、清坂さんも訳ありの環境で育ったみたいだ。

 こうして人肌を欲するあたり、相当寂しい思いをしたんだろう。


 似たもの同士の傷の舐め合い、か。


 まあそれとは別に、頬にキスされたという事実で頭が沸騰しそうだけど。



「ふふ。センパイ、おやすみなさいっす」

「うん、おやすみ」



 相変わらず寝付きがいいのか、清坂さんはスッと眠りに入る。

 そんな寝顔を見つつ、俺も睡魔に身を任せた。



   ◆



 翌日。俺は昨日のことで集中出来ていなかった。

 添い寝に関しては、思いの外いいものだった。それは認める。


 俺が気にしているのは、頬へのキスだった。

 お礼で頬にキスって、そんな気軽にするものなのか?

 それとも清坂さんの距離が近いだけ?

 他の人にも同じようなことしてるのか?


 そんなことばかり考えてしまう。

 下手に聞くと重い男って思われそうで、下手なことは聞けないし。

 添い寝じゃ、こんなに考えることはなかったのに……俺、もしかしてチョロい?



「はぁ……」

「海斗。ため息なんてついて、何考えてんの?」

「……あ、悠大。いやちょっと……」



 清坂さんにキスされたとか、誰にも相談出来ないでしょ。頬にとはいえ。

 親友の悠大ですら、清坂さんを崇めてる始末だ。

 もしソフレの上にキスまでされたって知られたら、何を言われるかわかったもんじゃない。



「ほら、もうお昼だよ」

「……え。もう?」

「こりゃ重症だ」



 しまった。午前の授業全く聞いてなかった。

 昨日も休んじゃったし、集中しないと。



「本当、海斗がこうなるなんて珍しいね。どうしちゃったのさ」

「いや、まぁ……」

「もしかして、清坂さん?」

「……は? え、な、なんで……?」



 まさか、一緒にいるところをら見られた……!?

 いや、学校外で清坂さんとの絡みはない。じゃあなんで……?



「なんでって、三時間目はずっと外を見てたじゃないか。一年生の体育。清坂さんと天内さんがいたでしょ」



 あ……そういえば、そうだった気もする。

 無意識のうちに目で追ってたのか、俺。うわ、なんか恥ずかしい。恋する乙女か、俺は。



「あ、もしかして天内さんの方? ついに海斗も、天内教に入るのかい?」

「は? 天内教?」

「ファンクラブだよ。天内さんは、天内教。清坂さんは、清坂党ってね」

「そんなことになってんのか。暇かな、うちの学校の生徒は」

「因みに僕は両方に入ってる」

「それでいいのか」

「うん。清坂さんと天内さんが仲がいいからね。ファンクラブの会員同士も仲良いし」



 何それ、超平和じゃん。



「でも最近、清坂さんの方にある噂が流れててさ」

「噂?」

「うん。なんでも、男が出来たとか」

「……え?」



 お、男? え、男が出来た?



「驚きだよね。最近ファンクラブの間では、誰が相手かって話で持ち切りだよ」

「それはもう確定なのか?」

「いや、まだ噂程度だよ」



 ほっ……よかった、まだバレてはないみたいで。

 バレないように息を吐くと、悠大がニヤリと口角を上げた。



「安心してるねぇ、海斗。やっぱり清坂さんのことが気になってるんだ。もしよかったら、ファンクラブ紹介しようか?」

「違うわ」

「そうだよね。ガチ恋勢はファンクラブ入れない規約になってるし」

「だから違うって」



 というか、規約まで作ってるのか。ガチのファンクラブじゃん。



「さ、海斗の恋の悩みを肴に、ご飯を食べましょうかね」

「恋ねぇ……」



 恋……これって、恋なのか?

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