第18話 ギャルとプレゼント

「センパイセンパイセンパイセンパイセンパイセンパイセンパイ! 無事っすか!? 生きてますか!?」



 リビングで勉強していると、清坂さんが帰ってきた。

 相当慌てて帰ってきたのか汗かいてるし、息も絶え絶えだ。手には色々買ってきたのか、ビニール袋が握られている。


 あとセンパイ言い過ぎ。



「おー、お帰り」

「あ、ただいまっす。じゃなくて! センパイ、起きてていいんですか!? 寝ててくださいっす! 死んじゃいますよ!?」

「あ、風邪は嘘」

「!?!?」



 ビックリしすぎて口をパクパクさせている。そんなに驚かれるとは。

 あと、そう簡単に人を殺そうとしないでほしい。


 汗をかいている清坂さんにタオルを渡す。

 額に薄っすら見える汗を優しく吹いてあげると、気持ちよさそうに目を細めた。本当、油断すると犬みたいになるな。

 見える場所の汗を拭いて、タオルを清坂さんに渡す。



「ありがとうございます、センパイ」

「いえいえ、どういたしまして」

「って、そうじゃないっすううううううううううぅぅぅぅぅ!!!!」



 ワオ、怒った。

 急激に頬を膨らませ、弱い力でぽかぽかと胸を殴って来た。



「なんすか……なんすかなんすかなんすか! こんなに心配したのに、サボりっすか!? というか、仮病まで使ってなんでサボったんすか!」

「どうどう、落ち着いて」

「私がどれだけ心配したと……! 心配しすぎて、授業もまともに聞けなかったんすからね!」

「それは元からでしょ」



 あ、おいコラ目を逸らすな。


 清坂さんは気まずそうにタオルを抱き寄せるが、それを誤魔化すようにムッとした顔をした。



「ま、まあ、センパイもたまにはサボりたくなるでしょう。センパイも人間ですからね……でも、勉強してるじゃないっすか」

「まあ、今日はちょっと予定があってね。休むことにしたんだ」

「予定っすか?」

「うん。はいこれ」



 ソファーの横に置いていた紙袋を清坂さんに渡す。

 受け取ってロゴを見ると、呆然と俺と紙袋を交互に見た。



「こ、これ……スクシェアミのコスメ!? なんで!?」

「この間、清坂さんがこの化粧品が好きだっていうのを聞いてね。今日が新作の発売日って聞いて、買ってきた」



 話を聞く限り、学校を休んでまで欲しいものだったみたいだし。

 最近は俺の影響なのか学校もサボってないみたいだし、これはそのご褒美だ。


 え? 学校をサボらずに行くのは当たり前?

 それが当たり前じゃない人もいるんですよ。頑張ってる子にはご褒美するのが当たり前じゃないか。



「あ、でもごめん。俺化粧品とか詳しくないから、スタッフさんに聞いて買ったんだ。化粧品はそれぞれの肌に合ったものがいいって聞くし、欲しいものじゃなかったかもしれないけど」

「そ、そんなことないっす! あ、開けていいですか?」

「もちろん」



 清坂さんは逸る気持ちを抑えきれないように、プレゼントの梱包を開く。

 少し高級そうな箱を開けると、クッションに包まれた色付きリップが現れた。



「え!? こ、これ、SNSで一番人気だった色付きリップじゃないっすか! しかもスカーレットピンク!」

「へー、そうなんだ」

「知らなかったんすか!? どんだけ強運なんですか!」



 目をキラキラ輝かせてリップを手に取る。

 背を向けると、今付けているリップをクレンジングシートで落とし、手鏡を使って丁寧に塗っていく。

 ゆっくりと振り返った清坂さん。

 その口元はさっきまでのナチュラルっぽさはなく、淡いスカーレットピンクによって僅かに艶っぽさを醸し出していた。

 清坂さん自身の色気と大人っぽい艶に、俺の心臓はいつもとは別の意味で跳ねた。


 いつもは、寝起きの不意打ちの抱き着きや、近すぎる顔に心臓が跳ね上がっていた。

 でも今は違う。純粋に清坂さんの可愛さと色っぽさに、胸が高鳴っている。

 な、なんだろう、この感覚……。


 清坂さんに見惚れていると、恥ずかしそうに頬を掻いた。



「せ、センパイ。そんなに見られると恥ずかしいっすよ」

「ご、ごめんっ」



 顔を逸らして頭を掻く。

 色付きリップ一つで、こんなに印象が変わるのか。化粧って本当に凄いな。まさに化け。



「えへへ。センパイがこんな風に見惚れるってことは、似合ってるってことっすよね」

「……うん。正直可愛い……あ、いや、いつも凄い可愛いけどねっ。そこは勘違いしないでほしい。ただそれにも増して可愛いというか……」

「センパイ、そんな可愛い可愛い言わないでくださいよ。恥ずかしいので……」

「ご、ごめん……!」



 本当、何言ってんだ俺。こんな気軽に可愛いとか言うようなやつじゃなかったろ、俺。

 これも清坂さんの影響か……? あー、調子が狂う。



「センパイ、センパイ」

「え? うぉ……!?」



 き、清さ……!? ち、近っ。え、顔近いって……!

 清坂さんは俺の服を摘まみ、反対の手でリップを大切そうに包んだ。



「ありがとうございます、センパイ。一生大切にするっす」

「い、一生だなんて大袈裟だよ」

「大袈裟じゃないっす。それくらい嬉しいっす」



 そ、そんなに喜んでもらえたなら……学校サボって、買いに行った甲斐があったかな。



「センパイ、これはリップのお礼っす」

「え? 何を――」



 チュッ。


 …………ぇ?

 近くなった清坂さんの顔。

 ふわっと香る甘い匂い。

 そして俺の頬に触れた、柔らな感触。


 え、今……キスされた……? 頬に……?



「いつものお礼は、またするっす。楽しみにしておいてください、セーンパイ♪」



 小悪魔の笑みを浮かべ、清坂さんは寝室へと入っていく。

 俺はそれを、ただ見送るしか出来なかった。

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