第9話 ギャルと朝食

 翌日。なんか妙な匂いを感じ、起きてしまった。

 時計を見るが、まだ朝の6時。起きるには少し早い時間帯だ。



「……ぁれ、清坂さん……?」



 ベッドで寝てるはずの清坂さんがいない。

 でも昨日のように俺の隣で寝てる訳ではない。

 その代わり、リビングの方で何かがちゃがちゃと音が聞こえた。

 なんだ? 清坂さんか?


 布団から起き、リビングに続く扉を開ける。



「あっ、センパイ! おはようございますっす!」

「あ、うん。おはよう、清坂さん。……何してるの?」



 見ると、食卓には皿が並び、黒い何かが乗っている。

 それに、味噌汁っぽいものが入ったお茶碗。


 これって……。



「まるで朝食みたいだけど」

「まるでじゃなくて、朝食っす! センパイの朝ごはんっすよ!」

「……え? 朝ごはん? 俺の?」

「はいっす! ささ、温かいうちにどうぞ!」



 清坂さんが俺の背を押し、ソファーに座らせる。

 目の前には湯気の立ち上る朝ごはんが。


 呆然とそれを見ていると、お玉を持った清坂さんが不安そうな顔をした。



「も、もしかして、嬉しくないっすか……? 勝手なことして、ご迷惑だったり……」

「……え。あ、いやっ、そんなことないよ! ただ……起きて朝食があるのって、いつぶりだろうと思って」



 当たり前だけど、一人暮らしを初めてからは朝食は自分で用意していた。

 しかもほとんどは前日の残り物か、たまにレトルトだった。



「ありがとう、清坂さん。こうして朝食を作ってもらったことなんて、もう記憶にないくらいだよ」

「え? でもセンパイの家の方では……」

「あー……まあ色々あってね」



 この辺は色々察してくれると助かるかな。

 一人暮らしの条件は学年上位10位をキープすること、とか言ってくるご家庭ですから。


 清坂さんは「しまった」といった顔になり、気まずそうに顔を俯かせた。



「……あー。じゃ、じゃあ、頂いてもいいかな?」

「は、はい! ど、どうぞっす!」



 何故か丁寧にお箸を差し出してきた。

 それを受け取り、手を合わせていただきます。


 とりあえず白米を。ぱく、もぐもぐ。……ふむ……。

 次に味噌汁。ずずずー。

 次に謎の黒いもの。ぱく。



「ど、どうっすか……?」

「うん、美味しいよ」

「ほんとっすか!? やったー!」



 ご飯は生炊きだし、味噌汁はお湯に味噌を溶いた汁だし、この黒いもの(恐らく目玉焼き)は異様に苦いけど。

 それでも、俺のために作ってくれただけでこの世の全てに勝るほど美味い。



「それじゃあ私も。いただきまーす、あむ。ぶーーーーっ!?」



 あ。



「げほっ! げほっ! な、なんすかこの味噌汁! うっすい味噌味の汁じゃないっすか! 誰っすかこれ作ったの!」

「はい、鏡」

「あらやだ、美少女。って、そうじゃねーっす!」



 ナイスノリツッコミ。センスあるね。

 清坂さんは白米を食べてなんとも言えない顔をし、目玉焼き(?)を食べて顔をしかめた。


 まあうん、そんな顔にもなるよねぇ。申し訳ないけど、その気持ちもわかる味だ。



「って、朝食食べないんじゃなかったの?」

「つ、作ってたら、何だか食べたくなっちゃって……って、そうじゃないっす!」



 バンッ! と机を叩き、手をこっちに伸ばしてきた。

 はて、なぜ手を伸ばしてるのだろう。

 首を傾げ、ずずずーと味噌を溶いた汁をすする。



「ちょ、センパイ食べないでください! 全部クソマズじゃないっすか!」

「いやだ。清坂さんが俺のために作ってくれたんだから、全部食べるぞ」

「なぜここで男気を!?」



 身を乗り出して俺の手に持っている箸を奪おうとしてくる。

 そ、そんなに前のめりになると、胸元がっつり開いてるんだけど! てかまた俺のシャツ着てるし!



「ちょっ、清坂さんっ。前、前!」

「私のおっぱいがボロロンする前に渡した方がいいっすよ!」

「だから自分のことを人質にするのやめなさい!」



 って、それじゃあ俺しか得しないじゃん! 渡さなかったらボロロンするんでしょ!? 申し訳ないけど男の子として魅力的すぎるよ!


 というか、俺の箸を取る前に皿を片付けた方が早いんじゃ!?


 そんなことに気付かず、ぐーっと手を伸ばしてくる。



「んーっ! んーーーーっ……ぁっ……!」

「ッ! 清坂さん!」



 バランスを崩した。

 やばいっ、危ない!


 慌てて清坂の脇に手を入れ、机に頭を突っ込むギリギリのところで抱きかかえた。

 清坂さんの匂いとか感触とかが、一気に俺の色んな部分を刺激してくる。心とか、脳とか、男心とか。


 それに、めっちゃ顔が近くなった。やばい。綺麗、可愛い。心臓がめっちゃうるさい。


 頬を染め、呆然としている清坂さん。

 俺も動けず、呆然とした。



「……ぁ、ありがと……す……」

「い、いや、こっちこそ、なんかゴメン……」



 なんとか清坂さんを立たせると、どちらともなく背を向けた。

 子供っぽいことしちゃったな。反省だ。


 気まずい空気を散らすために、とりあえず気になってたことを聞くことにした。

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