第10話 ギャルとつよそー

「え、と……な、なんで急に朝食作ってくれたの? 料理を見るからに、苦手というかやったことなさそうだけど……」



 とりあえず座り直し、改めてテーブルの上を見る。


 生炊きの米とか久々に食べた。俺が一人暮らしを始めた時も、似た感じで一度失敗してるんだよね。いやー、懐かしい。



「その、えと……私がこの家に来て、もうだいぶ経つじゃないっすか」

「だいぶというか、数日だけどね」

「私にとってはだいぶなんですっ」



 まあ、時間感覚は人によって違うけどさ。



「センパイって、バイトのない日は家に帰ると勉強してるじゃないっすか。その上料理とか、最近だと私の分も作ってくれたり……」

「確かに清坂さんの分も作るようになったけど、料理の一人分も二人分も変わらないよ」

「バイトがある日も、帰って来たら料理して、ちょっと勉強して、私と寝て……センパイ、すごいっす。尊敬するっす」

「そんな大袈裟な」

「大袈裟じゃないっす!」



 清坂さんはちょっと声を張り上げ、シャツの裾を握った。

 その体勢、シャツを押し出してちょっとえっちぃ事になってるからやめてほしい、切実に。



「昔、おばあちゃんが言ってたのを思い出したっす。当たり前のことを、当たり前にできる人がすごいって……私、どうして今まで忘れてたんだろうって……」

「……いいおばあちゃんだね」

「はいっす。身内で一番好きっす」



 清坂さんは恥ずかしそうに頬を掻き、悲しそうな目で料理を見た。



「でも、私は当たり前のことが出来てないっす。学校もすぐサボるし、勉強も出来ないし、料理も出来ない。バイトもしてないっすし、センパイが頑張ってる間もダチと遊んだりしてて……ちょっと、恥ずかしくなったっていうか……」



 ふむ……清坂さんの言いたいことは、なんとなくわかった。

 でも、これだけは言える。



「それは違うよ、清坂さん」

「……違う? 何が違うんすか?」

「別にサボっても、勉強出来なくても、料理出来なくても、夜遅くまで友達と遊んでも。それは恥ずかしがることじゃない。清坂さんがやりたいようにやってるんだから、恥ずかしいことじゃないよ」

「で、でもセンパイは……」

「俺は俺のやりたいようにやってる。清坂さんだってそうでしょ?」

「……うす……」

「なら、それでいいんだよ。人の道を踏み外さなければ、人間は自由な生き物だから」



 道を踏み外してないからって、あんまりやり過ぎてもダメだけど。

 その辺は周りの人間が正してあげればいい。

 この場合は、俺が正そう。


 手始めに、この料理の腕は若干人から外れつつあるので。



「でも、清坂さんがどうしても料理を覚えたかったり、勉強を見て欲しかったりするなら、少しなら手伝えるよ」

「ホントっすか!? わ、私、やりたいっす! 料理も勉強も頑張って、センパイのお役に立ちたいっす!」



 ふむ? なんで俺の役に立ちたいのかはわからないけど、清坂さんがやる気なら俺も全力でサポートしよう。



「とにかく、まずはご飯の炊き方からだね」

「う、精進しますっす……」



   ◆



 今日はバイトもなく、悠大と遊ぶ約束もない。

 だからちょっと用事があり、駅前の百貨店に向かった。

 高級店から大衆店まで入っている百貨店は、この辺の若者にとって憩いの場所である。


 今日はラノベの新刊が出る日だ。

 こういう日は、帰る前に一度本屋に立ち寄るのが習慣になっている。



「お、あった」



 さすが大人気シリーズ。初日からの量が半端じゃない。

 それを手に取ってレジに向かおうとすると、見慣れた後ろ姿を見つけた。


 清坂さんだ。隣には天内さんもいる。



「純夏ー、何買うんー?」

「んー、料理の本」

「「えっ」」



 天内さんと声が被ってしまった。

 思わず棚の影に隠れると、二人が首を傾げてこっちを見ていた。

 が、直ぐに興味を失ったみたいに歩き始めた。


 こそこそと本棚に隠れるように二人の後をついて行く。



「純夏が料理って、どーしたのさ」

「まあ、色々思うところがあってね。作ってみたいというか」

「おーん? まさか男かー? 男なのかー?」



 天内さんが清坂さんの腕に抱きつき、ニヤニヤ顔を向ける。

 が、清坂さんは恥ずかしそうに口元に手を当て──小さく、頷いた。



「ぇ……す、純夏……まさかっ、付き合ってるん!?」

「ばっ! ち、違っ……! お、お世話になってるから、作ってあげたいだけ! ホント、それだけ!」

「ほんとーかぁー? ほんとーかぁーーー?」

「ほ、ホントだし!」



 清坂さんはレシピ本を手に取り、それをそっと撫でた。



「その人、凄く頑張ってんの。でも褒めてくれる人がいないんだって。だから私が美味しいご飯食べさせて、偉い偉いしてあげるんだ」

「……そう。あの面倒くさがりの純夏がねぇ〜」

「それももう卒業! ……出来れば」

「にしし。それなら、こっちの肉のほーがよくない? 男なら肉食わせときゃいいっしょ」

「えー? こっちの“じよーつよそー”の方が、栄養ありそうじゃん? なんか強そうだしっ」



 二人がやいのやいのやってるのを見て、俺は急いでその場を離れた。

 新刊を売り場に戻し、清坂さんにバレないうちに百貨店を出る。


 百貨店近くの公園に立ち寄り、ようやく、溜まっていた息を深々と吐いた。



「……くそ……」



 反則だろ。あんな可愛いの……。


 あと清坂さん。あれは滋養強壮じようきょうそうって読むのであって、決して強そうなものじゃないからね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る