第8話 ギャルと思い

「いやー、それにしても朝はいいモノ見れたね」

「まだ言ってんの?」



 二時間目の数学が終わったのにも関わらず、悠大はまだ今朝のことを言っていた。


 清坂さんと天内さん。

 確かに二人とも美人だったけど、そんなに騒ぎ立てることか?



「まあ海斗は興味ないから知らないと思うけど、二人とも結構な頻度で学校をサボるんだ。だから二人が揃って登校する所って、滅多に見られないんだよ」

「むしろ悠大はなんで知ってんの」

「漫研の後輩に聞いた」



 なんだ、また聞きか。

 そういや悠大って漫研だったな。こんな爽やかイケメンだけどかなりのオタクで、即売会にも参加してるんだっけ。


 まあ、沼に引きずり込んだのは俺だけど。



「って、あれ? 清坂さんと天内さんだ」

「え?」



 悠大が窓の外を見る。

 確かに、あの髪色は清坂さんだ。

 でもいつもと違うのは、体操着を着てグラウンドにいるところ。どうやら清坂さんのクラスは、体育をやるらしい。



「体操着姿なんて、本当にレアだよ。今日僕死ぬのかな」

「拝むな拝むな」



 って、悠大だけじゃなくてクラスの男子、ほとんど拝んでるし。


 まああんだけの美少女ギャルでサボり癖のある子なら、体操着姿は珍しいのかもしれないけどさ。


 俺は机に頬杖をついて、ダルそうにあくびをする清坂さんを見る。

 ……あ。今目が合った。

 慌てて背を向け、何やらしきりに前髪をイジっている。



「か、海斗! 今僕、清坂さんと目が合った! 合った!」

「ああ、そうかい」



 わかったからそんなに肩揺するのやめて。

 なんか涙を流して感動している悠大にドン引きしていると、不意にスマホが震動した。


 え、清坂さん? でも今体育で……って、体育にスマホ持ってってるのか。やれやれ。



 純夏:海斗センパイ、こっち見ないで欲しいっす!

 海斗:なんで?

 純夏:これから汗かいちゃいますしっ、必死な姿を見られると恥ずかしいんです!

 海斗:いいじゃん。人が必死になる姿って、俺は好きだよ。



 …………あれ、既読無視?

 窓からグラウンドを眺める。

 清坂さんはこっちを見上げ、顔を真っ赤にしていた。


 え、何? どしたの?



「き、き、清坂さんがっ、ここここここっちを見て……!?!?」



 悠大、お前は落ち着け。

 卒倒しかけている悠大の頭を叩くと、またスマホが震えた。



 純夏:ばか



 え、なんでディスられたの俺?






 授業が始まり、その間もちょくちょくグラウンドを見ていたけど、一年生の体育は短距離走みたいだ。

 50メートルを二人で走り、タイムを測っている。

 一組、また一組と進んでいく。

 ……あ、清坂さんだ。


 さっきまで来ていたジャージを脱ぎ、真剣な顔でクラウチングスタートの格好をとる。

 スタートラインに立っている生徒が赤い旗を掲げ……振り下ろした。

 清坂さんともう一人の女子生徒が、同時にスタート。


 うわっ、速……! 明らかに7秒台……いや、もしかしたら6秒台くらいか?

 走るのは得意って言ってたけど、本当だったんだな。


 でもあの揺れは反則だと思います。色々と反則です。

 今朝のことを思い出してしまい、妙に気恥ずかしくなった。事故とはいえ、あれを感じてしまったわけだし……。


 ゴールで待っていた天内さんとハイタッチし、他の派手目な女子や男子と楽しそうに話している。


 と、清坂さんがチラッと俺を見上げ、周りにバレないようにピースして来た。

 俺もそっとピースすると、嬉しそうに微笑んだのだった。



   ◆



「センパイ、センパイっ。今日の体育見てたっすか? 私、頑張ったっす!」



 バイトが終わって帰ると、宣言通り待っていた清坂さんが俺の服を引っ張って来た。

 なんか、飼い主の帰りを待っている犬みたい。おっきい犬。可愛い。



「あ、うん。見てたよ。本当に脚速いんだね」

「えへへっ、毎朝の訓練の賜物っすね!」

「朝寝坊してるだけじゃん」

「あうっ」



 軽くデコピンして、手洗いうがいを済ませる。



「そうだ。夕飯は?」

「ダチと済ませてきたっす。センパイは?」

「俺はこれから」



 と言っても、時間も時間だから軽く済ませるけど。


 冷蔵庫から野菜炒めのパックを取り出し、豚肉と一緒に炒めていく。味付けは塩コショウのみ。

 その間に、レトルトのご飯をレンチンする。



「海斗センパイって、週にどのくらいバイトしてるんすか?」

「月、水、金、土の週四だよ」

「その上勉強も頑張ってるんすよね?」

「そっちは習慣だから、頑張ってるって感覚はないけど」



 地頭はよくないからな。

 授業を聞いただけだとちゃんと理解できないし、予習復習は大事なのよ。



「むぅ……なんかセンパイを見てると、私もちゃんとしなきゃって気がしてきます」

「人には人のペースがあるから、あんまり気にしなくてもいいと思うけど」

「私が気にするんですっ!」



 そ、そっすか……?



「……褒めてくれる人、いるんすか?」

「はは、いないよそんな人」

「…………」


 清坂さんは何を考えてるのか、料理をしている俺をじっと見てくる。


 結局寝る24時近くなるまで、清坂さんは無言で俺を見ていた。

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