第7話 ギャルと友達

 無事にゴミを出し終えて部屋に戻ると、もう八時を回っていた。

 そろそろ準備しないと、遅刻するな。



「清坂さん、そろそろ行くよ」

「ういっすー。じゃ、準備してきまーす」



 洗面所に入り、十分もしないうちに出てきた。

 それなのにメイクはバッチリ決めてるし、制服も着崩して目のやり場に困る格好をしている。



「本当、準備早いね」

「私、本当はギリギリまで寝てたいタイプの人間なんすよね。だから準備の早さと脚の速さには定評があるっす」



 そんな好評なのか悪評なのか判断に困る評価は初めて聞いた。



「そんなんでゴミ出し出来るの?」

「む、バカにしないでください。居候させてもらってる身なんで、それくらい出来るっすよ」



 うーん……ま、もう高校生だしな。こんなこと一々言わなくても大丈夫か。



「っと、そうだ。忘れないうちに……はい、これ」



 机の引き出しにしまっていた物を取り出し、清坂さんに渡す。

 清坂さんはキョトンとした顔で、それと俺を交互に見た。



「なんすか、これ?」

「何って、合鍵だよ。この部屋の」

「えっ。いいんすか!?」

「いいも何も、俺はバイトもあるから。今日はちょっと遅くなるし、先に帰ってていいからね。なんなら先に寝ててもいいから」



 清坂さんはシロクマのキーホルダーのついた鍵を見つめ、呆然としている。


 ……あの、聞いてます?



「……私、待ってます」

「え、でもバイトから帰ってくるとなると、22時くらいになっちゃうよ?」

「待ってます。ずっと待ってます。センパイが頑張ってるんです。帰ってくるまで、待ってますよ」



 鍵を両手で包み、胸元に抱き寄せて微笑む。

 見たことのないほど綺麗な微笑みに、つい目を奪われてしまった。



「そ、そう──」

「それにセンパイ、私のソフレってこと忘れてないっすよね? ソフレなのに寝る時一緒じゃないって、ソフレの自覚あるんすか!?」

「え、ごめん?」



 なんで怒られたんだろう、俺。



「いいすかセンパイ。ソフレたるもの、夜寝る時は常に一緒っす。それが真のソフレっす」

「お、おす……?」



 なんで女の子に、ソフレのなんたるかを諭されてるんだろう、俺は。



「という訳で、センパイが帰ってくるまで待ってますんで! 夜更かしなら任せてください! 慣れてます!」

「だから一々悲しいこと暴露しないで」



   ◆



 学校に着く直前の道で、清坂さんとは離れて歩く。

 学校では俺と清坂さんは関わりはない。それなのに一緒に歩いてるところを見られたら、変な噂が立つからな。


 しかも相手は一年生のトップカースト。

 ギャルの中のギャルで、超のつく勝ち組。

 そんな相手と平凡な俺の間に変な噂とか、あってはならない。


 ……いや、変な関係ではあるけど。ソフレだし。



「はぁ……どうしてこうなった」

「何が?」

「うわっほぃ!?」



 えっ。あ、悠大か。焦った……。



「おはよ、海斗」

「あ、ああ。おはよう、悠大」



 いつも通り、爽やかに挨拶する悠大。

 が、そんな悠大が不思議そうに首を傾げた。



「どうしちゃったのさ、朝からため息なんてついて」

「な、なんでもない。大丈夫だ」

「本当? もし何かあったら、ちゃんと相談してね」

「ああ。その時は頼むよ」



 相談できる内容だけになるけど。

 流石に、清坂純夏とのソフレ関係を相談することは出来ない。


 と、その時。



「純夏ー、おはおはー」

「あーい。おはー」



 俺たちを追い抜き、前を歩く清坂さんに一人の女の子が話し掛けた。


 流石清坂さんの友達。めちゃめちゃ可愛いし、かなりのギャルだ。

 金髪のハーフアップを揺らし、手にはマニキュア、ピアスも開けている。


 そんな彼女を見て、悠大が感嘆の声を上げた。



「おぉっ、清坂純夏と天内深冬あまないみふゆだ。一年生の二大美女が揃ったね。朝からいいものを見た気分」

「二大美女?」



 清坂さん、そんな風に呼ばれてんの?



「今年の一年生は可愛い子は多いんだけど、その中でもあの二人は飛び抜けて可愛いんだよ」

「へぇ」

「……興味なさそうだね。海斗らしいと言えば、海斗らしいけど」



 いや、興味ないことはない。

 俺も清坂さんのことは知りたいし、これからもっと知る機会はあるだろう。


 清坂さんと一定の距離を保ち、ついて行くようにして歩く。

 別にストーカーじゃないぞ。学校が同じだから、同じ道を歩いてるだけだ。


 ……俺は誰に言い訳をしてるんだ?



「純夏が寝坊しないってめずらしーじゃん? どしたの?」

「あー、私これからちゃんと学校行こうと思って」

「え!? あのサボり魔が!?」

「あはは! 深冬に言われたくねーし!」



 清坂さんって、友達の前ではあんな風に笑うんだ。なんか新鮮。



「あ、そーだ。明後日スクシェアミの新作コスメの発売日だけど、行く? 人気で直ぐ売り切れちゃうから、11時に行かないと」

「えっ、そうだっけ? もちろん行く! 行く行……ぁ」



 チラッと俺の方を見て固まった清坂さん。

 え、何? どうしたの?



「あ、あー……いいや、やめとく」

「え!? 純夏、スクシェアミのコスメ好きじゃんっ。金欠?」

「そ、そうじゃないけど……と、とにかく、学校サボってそういうのは行かないことにしたの!」

「えー、真面目ちゃんかよー。そんな純夏もかわいーけどさー」



 キャイキャイ騒ぎながら、二人は去っていった。



「清坂さん、こっち見てなかった? 流石に先輩の前で、堂々とサボる話は気が引けたのかな?」

「さあ、どうだろう……?」



 清坂さんが何を考えてるのかわからない。

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