第6話 ギャルと隣人

 目が覚めた。

 前日徹夜だったから、思いの外よく眠れたな。


 でもまだ寝足りないのか、まぶたが重い。上のまぶたと下のまぶたがキスしそうだ。

 俺だってまだなのに、ふざけるな。許さん。


 ……何考えてるんだ、俺は。


 閉じかけた目を擦ろうと腕を動かす。

 ……あれ、おかしい。左腕が動かない。というかなんか暖かくて柔らかいものに包まれてるような。


 試しに右腕を動かす。

 問題なく動くな。どうやら半身だけ金縛りにあったらしい。意味がわからない。


 眠い目を擦り、左側を見る。



「しゅぴぃ……」



 清坂さん、気持ちよさそうに寝てるなぁ。

 それはもう気持ちよさそうに…………顔近くない?

 気のせいか? 昨日はベッドの上にいたような。それが何故か、超至近距離にいる気がする。


 吐息が俺の頬に当たる。

 モゾモゾ動き、その度に腕が柔らかい何かに擦れる。

 と、清坂さんがくぐもった息を吐いた。



「ぁんっ……んんっ……んー……?」



 パチッ。

 あ、起きた。



「ふあぁ〜……かいとしぇんぱぃ、おはよぉごじゃいます……」

「あ、うん。おはよう、清坂さん」



 目を擦り、擦り。

 俺も目を擦り、擦り。



「「…………」」



 …………………………………………。



「「んっ!?!?!?」」



 えっ、なっ、えっ、近っ!? えっ、何で!?


 揃って飛び起き、後ずさる。

 書架に激突する俺。

 ベッドに飛び乗って蹲る清坂さん。

 清坂さんの顔は、熟れたリンゴより真っ赤になっていた。

 多分俺も同じだろう。


 だってあの柔らかい感触って、あれってアレだよね。アレですよね!?



「ち、違っ! こ、これは誤解だから……!」

「だっ、だっ、大丈夫っす……! わわわっ、わかってます……! ベッドで寝てたはずの私が、海斗センパイの布団でっ……! ね、寝惚けてて……!」



 髪をもしゃもしゃ、口をあわあわさせる清坂さん。

 相当恥ずかしかったのか、ベッドから飛び起きて寝室を出ていった。


 それを見送ると、一気に肩の力が抜けた。

 朝から嬉しいやら、疲れるやら……こりゃあ、対策を考えないと。


 ……その前に、しばらく動けそうにありません。



   ◆



 微妙に気まずい朝を過ごしたが、朝のコーヒータイムや朝食を食べたことで、今朝のことは有耶無耶になった。


 よかった、あのまま気まずかったらどうしようかと。



「あ、センパイ。ゴミ箱満杯ですよ」

「え? ああ、そうだ。今日ゴミ出しだった」

「あっ、ならゴミ出しの日教えて欲しいっす! 朝のゴミ出し、手伝います!」



 なんと。ギャルってこういうのが苦手そうなのに。

 人は見掛けによらないとは聞くけど、偏見だったか……申し訳ない、清坂さん。



「なら、今日はゴミ置き場を案内するよ。行こうか」

「はいっす!」



 家の中のゴミを集め、大きな袋にまとめる。

 今日は可燃ゴミの日だけど、いつも以上にゴミが多い。

 それもそうだ。清坂さんが居候してから、二人分のゴミになったんだし。


 ショートパンツにだぼだぼティーシャツ(俺のシャツ)を着た清坂さんと、アパートの部屋を出る。


 と、丁度隣の部屋の住人も出てきた。


 黒いロングヘアーに、ザ・清楚と言った感じの服装。

 切れ長で涼し気な目。左目の下にある泣きぼくろがセクシーだ。


 そんな彼女が、俺らに気付いて小さく微笑んだ。



「あら。海斗君、おはよう」

「おはようございます、白百合しらゆりさん。今日は早いですね」

「ええ。今日は一限から講義があってね」



 困ったよう笑う白百合さん。大学生って大変だなぁ。

 ……って、あれ? 清坂さん?

 俺の隣にいた清坂さんがいない。どこに行ったんだ?



「……ん? あらあら、海斗君も隅に置けないわね。彼女さん?」

「え? ……あ、いた」



 後ろに隠れてた。

 俺を壁にして、じーっと白百合さんを見つめる清坂さん。

 なんか怯えてない?



「彼女じゃないですよ。この子は清坂純夏さん。ちょっと訳あって、居候してるんです」

「き、清坂純夏っす。初めまして……」

「ふふ、可愛い子じゃない。初めまして。海斗君の隣人をさせてもらってる、黒森白百合くろもりしらゆりです」



 白百合さんが手を差し出す。

 清坂さんも、おずおずと手を出して握手をした。



「あっ。いけない、遅刻しちゃう……! またね、海斗君、純夏ちゃん」

「行ってらっしゃい」

「い、行ってらっしゃいです」



 俺らに手を振って、白百合さんは走っていった。



「で、清坂さん。どうしたのさ、隠れちゃって」

「え、と。その……雷の日に怒鳴ってた人っすよね……? それを思い出して、なんか怖くなっちゃって……」

「そういうことか。大丈夫、素面だと優しいお姉さんだよ。酔うとヤバいだけで」

「二重人格すぎません?」



 言い得て妙。思わず苦笑いするほどに。

 確かに、普段の清楚な振る舞いと美しい見た目からは想像できないだろう。



「対面で酔われると本当に凄いよ、あの人は」

「そ、そんなにっすか?」

「うん。ぶん殴りたくなるくらい」

「そんなにっすか!?」



 おっと、喋り過ぎたかな。



「ま、いつかわかるよ」

「わかりたくないっす」

「諦めな」

「無慈悲!」



 あの人の隣人になった以上、妥協するしかないのだ。



「ねえ、今更だけど何で俺のシャツ着てるの?」

「本当に今更っすね」

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