第5話 ギャルと提案

   ◆



 ふと顔を上げると、もう二時間も経っていた。流石に疲れたな。



「ふぅ……ん?」

「あ、センパイ。お疲れ様っす」



 え? 清坂さん?

 いつの間にかソファーに座っていた清坂さんが、暇そうにスマホを弄っていた。



「寝たんじゃなかったの?」

「それがその……ちょっと色々思い出しちゃって、寝付けなかったというか……」



 あー、あるある。わかるなその気持ち。

 俺もたまにそういう時あるし。



「でも寝ないと、明日に響くでしょ?」



 というか俺、よく考えると徹夜してるから、今だいぶ眠いんだけど。



「そうなんですけど……あっ、センパイ。ちょっと手を借りてもいいですか?」

「手?」



 何か手伝うことがあるんだろうか?

 首を傾げて手を出す。

 すると。細く、柔らかく、しなやかな指が、まるで蛇のように俺の指に絡んで握ってきた。



「き、清坂さん……?」

「やっぱりセンパイの手を握ると、落ち着くっす……」

「お、落ち着く……?」

「うす。わかんないですけど、海斗センパイの手を握ってると……なんだか眠気、が……しゅぴぃ」

「ここで寝んな」

「……はっ! お、落ちかけたっす。危うく危なかったっす」



 何言ってんだこいつ。

 まあ、疲れてるんだろうなぁ……男の家にいるし、緊張もしてんだろう。



「わかった、わかった。今日も寝るまで傍にいてあげるよ」

「ホントっすか? あざっす」



 寝室に入り、ベッドに潜り込む清坂さんの隣に座る。

 手は握りっぱなし。今日も離してはくへないみたい。



「海斗センパイは寝ないんすか?」

「寝るよ。清坂さんが寝てからね」

「……一緒に寝ます?」

「……は?」



 一緒に、て……え?



「何言ってるんだ。そんなこと出来るわけないでしょ」

「でも私、センパイと手を握ってないと眠れないです」

「本当に何言ってんの?」



 子供か。そんな歳でもないでしょう。



「今朝センパイが体調悪かったのって、私のせいですよね。私がこうしてワガママを言ったから……」

「……気付いてたのか」

「なんとなくですが。でも私、センパイの手を握ったまま寝たいです」



 モジモジと上目遣いで見つめてくる。

 何だこれっ。くそ、可愛すぎる……!



「う、ぐ……その……い、一緒には無理だっ。でも隣では寝てあげるから」

「ほ、ホントっすか!? えへへっ、ありがとうございます!」



 満面の笑みを見せる清坂さんに、つい魅入ってしまった。

 そんな清坂さんから逃げるように。ベッドの横に布団の準備をした。


 ベッドに横になり、横向きになって俺の方を見る清坂さん。

 手はしっかりと握られていて、反対側を向くことは出来ない。ただ黙って天井を見上げる。



「へへ……私、生まれて初めて誰かと一緒に寝るっす」

「大袈裟だな。子供の頃とか、親と寝てるでしょ」

「寝てないっす。……ずっと、一人でした」



 ……しまったな。普通に地雷踏んだ。

 もう清坂さんの家族の話題は絶対にやめよう。


 黙ってると、心臓の鼓動と時計の針の音がやけに大きく聞こえる。

 それに、暗闇の中清坂さんの息遣いが生々しく聞こえてきて、色々とヤバい。



「……センパイ、知ってます?」

「なっ……何を?」



 いきなり話し掛けられて、つい声が上擦ってしまった。

 話し掛ける時は、話し掛けるって話し掛けてから話し掛けて来て欲しい。俺の心臓に悪いから。


 ……何を言ってるんだ、俺は。



「こうやって添い寝する男女のことを、添い寝フレンド……ソフレって言うらしいっすよ」

「何その不純な関係」

「今の私らもそれじゃないっすか?」



 あー……そう言われると、確かに?

 添い寝フレンド。ソフレ。

 いいのか、それで。



「これから海斗センパイは、私のソフレっす。寝る時はいつも一緒っすよ」

「拒否権は?」

「私の睡眠とお肌の美貌がどうなってもいいのなら」

「その自分を人質にする交渉やめな?」



 俺としては、一年生で既にトップカーストの超勝ち組女子と添い寝なんてごめんなんだが……。



「……俺が手を繋いでたら、寝れるのか?」

「! はいっす! それはもう、今までにないくらいぐっすりっす!」

「……はぁ。手を繋ぐだけだぞ」

「あざっす!」



 これはもう、役得って考えていい……のか?


 清坂純夏。

 同じ鎧ヶ丘高校の生徒で、後輩で、1年トップカーストの超勝ち組の女の子は。


 今日、俺のソフレになりました。

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