取調室
――あっ、ごめんなさい、私ったら。ええ、まだ動揺していて。まさか彼が人を殺してしまうだなんて、私、どうしても実感がわかないんです。……動機ですか? さあ。でも、彼は優しい人でしたから、私をあの人から守るために、衝動的にやってしまったんだと思います。――はい。彼は私に優しかった。それはもう、大切に大切に、愛してくれたんですよ。
彼と出会ったのは去年、私が上京してすぐの頃でした。しつこいキャッチに困っていたところを助けて貰って。上京した理由ですか? ちょっと家庭の事情がね、複雑で。ふふっ。私ね、早くあんな所抜け出したかったんですよ。田舎ってこう、なんて言うんでしょうね、ずっと湿気が身体にまとわりついてるみたいな。だから東京に来て本当に良かった。彼みたいな素敵な人にも会えましたし。
私ね、男の人とお付き合いするの、初めてだったんです。夢みたいだったなぁ――色んなところへデートに行きました。水族館とか、遊園地とか……彼、私が絶叫系は苦手だって言ってるのに、何回も何回もジェットコースターに乗って、楽しそうに……ねえ、刑事さん、ちゃんと聞いてます?
あ、これですか? ええ、彼とお揃いなんです、このイルカのキーホルダー。彼のキーケースにも付いていたでしょう? そう、水族館で買ったものです。私、毎日が本当に本当に幸せで……それなのに、あの女のせいで……刑事さんももう知ってるんでしょう? 彼に付き纏っていたストーカー女のこと。あの女、今どこにいるんですか? もちろん逮捕してくれたんですよね? だってあの女のせいで彼と私は――え、一旦休憩? 分かりました、早く戻ってきてくださいね。
静寂。
――お帰りなさい。遅かったですね。
どこまで話しましたっけ。ああ、ストーカー女の。半年くらい前だったかな、彼、何だか悩んでるみたいで、みるみるやつれていって。私心配だったから毎日メッセージ送ってたんですよ。でも返事がなくて。今思うと、私を危ない目に遭わせないように、黙っててくれたみたい。ね、本当に優しいでしょう、彼。
でも、恋人としては放っておく訳にはいかないじゃないですか。それで、調べてみたんです、私。そうしたら彼、ずっとストーカーされてたみたいで。……相手ですか? 彼と同じ職場の後輩です。二つ歳下の。……勘違いじゃないのかって? やだ、本当ですよ。本当にストーカーだったんです。そりゃあね、最初は浮気を疑いましたよ、彼に限って有り得ないんですけど、だって私のこと凄く愛してくれていたんだから、それなのに私ったら、彼女失格ですよね。
でもまあ、あの女の気持ちも分かるんですよ、私。だって彼ってば、ふふ、見た目もとってもかっこいいから。刑事さんもそう思いません? ……それにあの女、こんなに素敵な彼を追いかけてるってのに垢抜けないっていうか、芋っぽいでしょ? 私の地元にいる、下らない同級生達とそっくり。到底釣り合わないじゃないですか、だから、ね、ちょっとくらいは許してあげてたんです。ええ、まあ、何回か直接注意はしましたけれど、でもそれだけです。私達、一緒に住む約束もしていましたしね。
――それでも、ねえ刑事さん、物事には限度ってものがあるじゃないですか。よりにもよって、あの女、私達の家の合鍵を作って出入りしていたんですよ。夕方の……そう、あの日の夕方に、彼のアパートの階段を上っていくところを、私、見ちゃって。あの女のバッグから……ブランド物の、高いやつなんですよ、嫌味ですよね……バッグから出てきた鍵に、私達の、愛の証の、このイルカのキーホルダーが付いてるのを見た瞬間、私、プツンって……
やだぁ。違いますよう。そんな物騒なこと、するわけないじゃないですか。ちょっとお仕置きをして……あの女が動かなくなったから、私、嬉しくって、もう大丈夫よって、彼のところに行ったんです。ええ、だって彼もあの女には随分迷惑していたようですから、もう大丈夫よって。
――部屋に着いたら、彼、すごくびっくりしてて。きっと私のこと、あのストーカー女と勘違いしちゃったんでしょうね、可哀想に、すごい怯えようで。大きい声をいっぱい出して、怖かったな……勘違いしないでくださいね、普段はすごく優しいんです、でもその時はパニックになっちゃったみたいで、私のこと、ほら、ね、あなた、さっきから見えてるんでしょう? お腹のところ。彼、私のこと、包丁で
――刺しちゃって。
だから、ねえ刑事さん、彼を許してあげてください。昨日からこの通り、ずっと黙ったまま泣いていますけど、愛する私を失って彼も辛いんです。後悔しているんですよ、彼も被害者なんです。ああほら、そんなに怒鳴らないであげてってば。全部あの女が悪いのよ。全部全部全部……だって彼はあんなにも、私を愛してくれていたのだから。ねえ、刑事さん――
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