きみどりの憧憬

 季実子の葬式で、私は昔なくした色鉛筆のことを思い出していた。

「また授業中に絵描いてたでしょ」

 振り向くと制服姿の季実子が笑っている。私は悪びれもせずにノートを差し出した。

「何これ、私じゃない」

「絵になるなと思って」

「やけにチラチラこっち見てくると思ったら」

 今度の期末、大丈夫なの? などと言いながら、細い指は嬉しげに鉛筆の線をなぞっている。

「でもすごい、鏡見てるみたい。あんた将来画家になれるんじゃない?」

「昨日お父さんも同じこと言ってさぁ。ほらこれ」

 新品の色鉛筆セットを取り出す。三十六色入った、少しお高めのやつだ。

「色鉛筆画家っていうのもありじゃない?」

 その日から放課後になると、私は屋上へ続く踊り場を陣取ってはスケッチブックを広げるようになった。季実子も何故か付いてきて、手を動かす私の横で課題のプリントをやっていた。

「それ私とあんた?」

「そう。いい絵でしょ」

 二人並んだ絵を描くと季実子が笑うから、気づけばそればかり描くようになった。

「あんたの服、なんでいつも黄緑なの?」

「黄緑は私のテーマカラーだからね」

「何それ」

「この前占い師に言われたんだ。オーラが黄緑なんだって」

「それ絶対詐欺でしょ」

 だから数ある色から黄緑だけが抜き取られていることに気付いた時、私はどう受け取れば良いのか分からなかったのだ。けれど季実子は相変わらず私の隣で課題をやっていたし、そのまま受験で忙しくなって、いつしか黄緑のことは意識の奧に消えていった。


「翠ちゃん」

 遺影の前に立ち尽くしている私の肩を、泣きすぎて枯れた声が叩いた。

「今日は来てくれてありがとうね」

「いえ、そんな……」

「あの子の遺品にね、こんなものがあったんだけど――翠ちゃんのじゃない?」

 それは確かにあの色鉛筆だった。「きみどり」の文字の横に、油性ペンで翠と書かれている。季実子の字だろうか。

「最期まで握りしめていたらしいの、これ」

 こういうの渡されても迷惑よねと引っ込む手を説得し、十年ぶりの再会を果たしたそれを持ち帰った私は、一心不乱にスケッチブックに向き合った。三日目の朝日が昇り、憑き物が落ちた時、そこには私と季実子が手を繋いで死んでいた。

「一緒に連れていってくれたんでしょ、季実子」

 最後に服を黄緑に染める。

「私は何色を持っていけばいいの」

 目を瞑った季実子は、何も答えてくれなかった。

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