第53話 どうして海底に行ってまで羞恥心を煽られなきゃならないんだよ

 みんなが寝静まったころを見計らって、俺はレジーナと共に宿を出た。

 カウンターに人がいるんじゃないかと不安だったがそんなことはなく、町中を歩いていて誰かとすれ違うこともなかった。

 こんな夜の店でもそうそう着ないような頭のおかしい格好でだれかとすれ違ったら、見えていなかったとしても俺が今後で歩けなくなるから良かった。絶対に顔を見るたび思い出して羞恥に悶えることになる。


『そんなに恥ずかしがることでもなかろう。見えておらぬのだから気にせんでよいのじゃ』

「ずっとモロ出しみたいな恰好でいられるお前とは違うんだよ」


 いつもレジーナのぶっ飛んだ感覚には呆れていたが、今ばかりは少し羨ましい。……どっかにひっかけたら全部丸見えになりそうなのに、そういう心配はないんだろうか?


『見られるぶんには構わぬのじゃ。好きなだけ見ればよかろうて』

「お前が良くても社会的にアウトなんだよ、わかれ」

『可愛らしいおのこなら大歓迎じゃ』

「それこそやったダメだろうが!」


 せめてほんの少しでも羞恥心を持ってくれないものか……。これ見よがしに自分の胸を揺らすレジーナに呆れて、俺はため息をついた。

 夜の町は静かで、さざ波の音が潮風に流されて建物の間を通り抜けてゆく。水路の端に寄せられた小さな船が揺れてカタカタと音を鳴らしていた。

 水面に反射する月明かりを眺めているうちに、海に面する通りへと出た。レジーナが立ち止まる。


『今から海へ入るぞ』

「……なんとなく予想はしてたよ」


 しばらく滞在していればさすがにある程度道は覚えるので、海に向かっているのはわかっていた。そのあとはどうするのかさっぱりわからないが。

 しかし、いきなり海に飛び込むのは嫌だなあ。寒くて仕方がないのに、そんなことしたら風邪ひきそうだ。と、そんなことを考えていると。


『よっと』

「ちょ、ま、ええ!?」


 レジーナが身に着けているものを全部脱ぎ捨てた。


「バカか!? ついにおかしくなったのか!?」

『む、心外な。我は至って正常じゃ』

「真夜中とはいえ町で全裸になるのを正常とは言えねえよ!」


 何考えてるんだこいつは? 洗脳系の魔法にでもかけられたか? それとも隠してた露出趣味が爆発したとかか?

 脱ぎ捨てた装備一式をどこかにしまい込んだレジーナは、軽く伸びをして海の遠くを見つめる。そして、俺に『ついてこい』というや否や無駄に綺麗なフォームで海に飛び込んだ。

 俺は慌てて、息を吸い込み後を追う。冷たいと思っていた海は、思ったよりも平気だった。

 ……が、問題はまだある。海水が入らないよう目を閉じているせいで、レジーナが今どこにいるのかわからないのだ。息を止めていられるのもそんなに長くないため、少ししたら海面に顔を出さなきゃならない。

 こんな調子で目的の場所まで迎えるのか。少しだけ心配になってきたところで、レジーナの声が頭に響いた。


『目を開けても大丈夫じゃ。呼吸もできるようにしておいたぞ』


 そう言われて、恐る恐る瞼を開く。……本当だった。海中にいるのに、周囲がかなり鮮明に見えた。

 息もできる。水を飲んでいるような空気を吸い込んでいるような、かなり独特の感覚だった。


「すごいな、これ」

『この場所に来る前に魔法をかけておいたのじゃ。丸一日は持つぞ』


 いつの間にされたのか、全然気づかなかった。相変わらずいろいろとでたらめな奴だ。自分でもこういう魔法を使えたらいいな……と思う。

 聞いてみると、できないことはないらしかった。宿に戻ったら教えてもらおう。


『目的地はここから少し沖に出た海底じゃ。近づけばすぐわかる』

「そ、そんなに目立つのか?」

『ちょっとした神殿みたいなものじゃからな。目立っておるぞ』


 海底すれすれをスイスイと泳ぐレジーナに必死でついて行く。俺はほとんど初めての泳ぎだから見よう見まねで手を動かしているんだが、どうにもうまくいかない。

 どうしてあんなに速く進めるのか理解できなかった。


『む、泳ぎは初めてじゃったか?』

「そうだよ、だから少しゆっくり進んでくれ」

『急がぬと朝になってしまうぞ?』


 そう言われても、どうしようもないぞ……。

 しばらく必死で追いかけていたがやがて疲れて追いかけられなくなり、見かねたレジーナが寄ってきた。


「もう無理……腕が痛い……」

『仕方ないのう……』


 肩で息をする俺の前にきて『両腕を横に伸ばせ』とレジーナが一言。それに従うと彼女は急に近づいてきて、俺の背中に手を回した。


「えっ」

『ニアには告げ口するでないぞ』

「いや、ちょっ」


 めっちゃ当たっていた。そこはかとなく当たっていた。レジーナの胸がぐにゅうっと潰れて、俺の肺を圧迫して主張してくる。

 恥ずかしくて仕方がない。以前も同じようなことがあったが、今回は見えている分よりタチが悪かった。

 が、レジーナが泳ぎ出すとそんなことを考えている余裕もなくなった。


「うおおっ!?」

『怖かったら目を閉じておっても良いぞ?』


 とんでもない速度で景色が流れてゆく。うっかり改定を触ったら腕がもぎ取れそうなほどだ。

 怖くなって目を閉じる。レジーナの肩に強くしがみついて、じっと耐えた。

 しばらくそうやっていると、やがてレジーナの動きがゆっくりになってきた。恐る恐る目を開けると周囲は月の光すら届いておらず、微かにレジーナの顔が見えるのみだった。

 

『あれが神殿じゃ』


 レジーナが片腕を話して遠くを指さす。首をひねってそちらを見たが……暗すぎて何も見えなかった。


「……わからん」

『少し目を凝らせば見えるはずじゃ』

「そうなのか? うーん……ああ、本当だ」


 ぐっと目に力を入れると、次第に周囲が鮮明に見えるようになってきた。そのおかげでレジーナが指していた神殿も見えるようになった。

 ……それはいいのだが、その形が問題だった。


「…………なあ、あれさ」

『何か気になるところがあるか?』

「いや気になるとかどうとかの前にさあ」


 俺は目の前で圧倒的な存在感を放つそれを──まるで男の尊厳のような形をしたそれを睨みつけた。


「ここに住んでるやつは色情魔か何かか!?」


 そう叫んだ俺を許してほしい。だって、こんなバカみたいな恰好で来なくちゃいけなくて、神殿の形があれじゃあ、そうとしか思えないじゃないか。

 というか、こんな有様で真面目な話ができるわけないだろう。


『そんなものじゃ』

「それで済ませていいレベル超えてるよね!?」


 どうも納得いかなくてレジーナに叫び散らす。もう帰りたいよ。


「おお、来てくれたか」


 背後から声が聞こえた。低くしわがれた老人の声だ。恐る恐る振り向くと、そこには……。


「見たくなかった……」


 全裸の、マッチョマンがいた。全部モロ出しだった。

 ……記憶消したい。

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