第52話 真面目な話をしに行くのかと思ったら変態極まりない格好をさせられたんだが!?
「……何だったんだ?」
「さあ……」
波の音が俺たちの間を抜けていく。いきなり襲い掛かられた時は焦ったが、結局のところこれといった実害は受けなかったから、ただの賑やかしみたいなことになったな……。
とはいえ、首を切られた感触は明確に覚えている。今もかすかにそこに刃を当てられているような気がして、俺は片手を首筋に添えた。
「そういえば、人魚が“殺した”みたいなこと言ってたけど」
ニアが自分の体をペタペタと触りながら立ち上がる。そして、俺の横に腰を下ろして顔を覗き込んできた。
「あれってどういうことなの? 私にはクロノが首を擦られただけのように見えたけど……」
「嘘だあ。自分で言うのも何だけど、完全に首切られてたよ」
「でも、血が出てない」
……え?
「マジで? ……本当だ」
「首が不自然に揺れた様子もなかったし、何を言ってるのかまったくわからなかったんだけど、本当に殺されたの?」
「…………うん」
先ほどのやりとりを思い返す。……間違いない、俺は確実に一度人魚に殺されている。何で生き返ったのかがまず異常な話だけれど、それはさておいて。
首を刎ねられて血が出ないなんて、人間としておかしい話だ。首を切られたというのが勘違いなら、あの感覚は何だったのだろう?
人魚が言っていた『勇者』というのに関係があるのか。だとしたら、その勇者とやらはなんなのだろう。レジーナなら知っているのではないか……?
「…………とりあえず、一旦宿に戻る? ちょっと疲れちゃった」
ニアの呟きに、全員が賛同した。アズが舵を取って船を元来た方に向ける。初めての後悔を楽しむどころじゃなくなってしまったな……。
🐉
宿に戻ってすぐ、アズは母親に引き摺られていった。どうやら勝手に船を出すのはごハットだったらしく、朝早く出たのも見つからないようにするためだったのだとか。
他の漁師さんも同じ時間に船に乗り込んでいたのでそれが当たり前なのかと思ったが、そういうわけでもなかったのか。
あまりひどい仕置きにならないよう祈りながら、ニアとアスカの二人と一緒に部屋に入る。レジーナはリンクの愚痴を適当に聞き流しながら窓の外を眺めていた。
「なあ、レジーナ」
『なんじゃ?』
俺は隣の椅子に腰を下ろしてレジーナに今朝の出来事を話す。リンクは途中でレジーナが黙らせてくれた。
話が終わると、彼女は複雑な表情を浮かべて頬杖をつく。口を開いては閉じてを繰り返し、やがてポツリと一言だけこぼした。
『明日の夜、我についてくれば教えてやろう』
まるで答えになっていなかったが、俺は聞き返したりはしなかった。レジーナの顔に笑みは一切ない。きっとちゃんと教えてくれるだろう。それまで待てばいいだけだ。
だが、ニアがそこに異を唱える。
「ちょっと、何ふざけたこと言ってるのよ」
『心配するでない、気にしておることは怒らぬよ』
「そりゃそうかもしれないけど……」
『それに、いつかは言わねばならぬことじゃろう』
「まあ、ね……わかったわよ。好きにしてちょうだい」
二人のやりとりは、ニアが折れることで終わった。いつものようなおちゃらけた空気がなく、まるでお互いに意図を知っているのではないかと思える。
一体いつ二人が話をしていたのだろう。これは考えればすぐにわかった。野営の時、基本的に見張りをしていたのはこの二人。交代するときにいくらでも話せる。
じゃあ、二人の間で共有されている話題は?
「クロノ、気をつけてね」
ニアに後ろから抱きしめられる。俺は腰に回された彼女の手に触れて、少しだけ首を捻り目を合わせた。
「……ニアはさ、何を知ってるの?」
少し葛藤しつつ、問いかける。正直ちょっと気持ち悪いなと思うけど、それでも彼女が俺の知らないところで何か危険そうな話に関わっていると思うと怖くて仕方がなかった。
それに、この口ぶりでは俺も少なからず関係している、と考えていいんじゃないか。それなのに、ここまで教えてもらえなかったのは虚しい。
……俺がこれまで知っちゃいけない理由があるんだろう、とは思う。レジーナはともかくニアがここまでひた隠しにするのは何か理由があるはず。
そう思わずにはいられなかった。
「明日、戻ってきたら全部話すわ」
「……わかった」
俺を見つめるニアの瞳は、やけに無機質だった。
🐉
それから俺は、次の日までずっと宿から出なかった。お金が十分溜まったからというのも理由の一つだがそれよりも、魔法を一通りまともに扱えるようにしておいたほうが良い気がした。
いや、それはただのこじつけで、本音を言えば何が待ち受けているかわからないのが怖いから現実逃避しているだけだ。
このままだと俺は酷い目に遭うかもしれない。魔法が一通りえれば、それを回避できるんじゃないか……そう思い込んで、気を紛らわせている。でも、それだけでどうにかなるはずもなかった。
人魚が入っていた、勇者というものはよくわからない。だが、あの出来事から推測するに、勇者というのが理由で命を狙われているのだろう。
何度殺しても蘇ると言っていたが、しかしどうとでもなるとも言っていた。多分、策はあるのだ。俺を確実に殺す策が。
……多分、俺が遺跡で奈落に落ちたとき、死んだのだろう。あの全身に走る衝撃は完全に一致していた。そして、森の中の小川でエルフと会ったときも。
そう考えればあの時俺が生きていたのも説明がつく。普通の人間はあんな高いところから落ちて無傷で生きているなんてあり得ない。
「……はあ」
ため息が漏れた。
正直なところ、こんな力は要らなかった。生きていたのは確かに良かったが、こんな奇妙なことに巻き込まれるのは怖い。
ふと、エルフの町で出会ったミスティリアさんの夫の言葉を思い出した。どん底に落ちると言っていたが、今がそれか。
……こんなことを考えていると、鬱になりそうだ。俺は手元の水筒を呷って、魔法の練習に集中した。
🐉
時はきた。
『うむ、では行くとしようか』
快活な笑みを浮かべるレジーナが、大きな袋を持って俺の前で仁王立ちしている。俺は彼女を睨みつけて、棘のある声を返した。
「何が『行くとしようか』だよチクショウ」
『そんなに怒らぬでも良かろう』
「ふざけんじゃねえぞオイ!」
俺は怒鳴って、自分の体を指差した。
「こんな格好で外に出るとか変質者もいいところだろうが!」
そう叫ぶ俺の格好は……ほぼ全裸だ。俺の股間をすっぽりと覆う黒い布と、それを固定するためV字型に伸びる紐が肩まで伸びているいがいは、何一つ身につけていない。
はっきり言って、どうかしている。レジーナも黒い紐のような布で秘部を隠しているが、ぶっちゃけ普段の格好とそう変わらないのも気に食わなかった。
「真面目なことなんじゃないのかよ」
『真面目じゃ。これも正装じゃぞ』
「そいつらは野生の動物か何かなのか?」
こんな異常な身なりが正装としてまかり通るとか考えられんぞ。
『そんなに気になるのであれば、見えぬようにしてやるぞ』
「そうだとしてもよ、これで人前歩くような趣味はねえよ」
『我らに見せておるのだ、何も変わらぬ』
「全然ちげえよ!!」
ああもう……最悪だ。こんなことなら断っておけば良かったかもな……。
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