第47話 奇妙な場所で旅の荷物持ちの肉を食った
道は石畳で、その上にはやはりさっきの石柱と同じような線が不規則に折れ曲がりながら走っている。
ずっと淡く発光していて、周りを覆う木々に対して明らかに異質な空気を放っていた。
「こんな妙な入り方なんだから、当然住んでるのも普通じゃないわよね……何がいるの?」
しきりに周りを見回しているニアが、硬い声でレジーナに問いかける。しばらく黙りこくっていたが、やがてぽつりと一言返した。
『わからぬ』
「はい?」
『いや、我が最後に訪れたときは妖精が住んでおったのじゃが、あやつらすぐ移動するから今は住んでおるかどうか……』
珍しく歯切れが悪かった。俺はそもそも妖精について詳しくないので、そういうものかと納得する以外にないが、ニアは不満そうに道の先を見つめている。
「妖精の話は父上から聞いたことがあったけど、本当に適当なのね……一度は見てみたいのに、これじゃ生きているうちに会えるかも怪しいわ」
爪を噛みながら天を仰ぐニアは、かなり悔しそうに見えた。妖精に会うと何かあるとか、そんな感じなのだろうか。
そういえば、俺はニアの父親を知らない。いつも家にいるのは母親だけで、父親が帰ってきているのは見たことがなかった。
彼女の父親はどこでなにをしているのだろう。聞いてみたが、それはおいおい話すとはぐらかされてしまった。
「今知っても意味ないと思うし、必要になったら必ず話すから」
「そっか。……何が何でも知りたいってわけじゃないし、嫌だったらそう言ってよ」
「別に、嫌ってわけじゃないの」
込み入った事情がありそうだ。この話はもうしない方がいいかもしれない。
俺はそれきり話を変えて、妖精のことについて聞くことにした。
「妖精について、詳しいわけではないけど……」
そう前置きして、ニアが説明してくれたことをまとめると、主に次の三つに集約される、
一つ目。あらゆる魔法を極めた存在である。基本的に俺たちは種族ごとで魔法に得意不得意がある(そもそも使えない種族も存在する、らしい)のだが、妖精はすべての魔法を完璧に扱うことができるらしい。
二つ目。小柄で半透明の体を持ち、触れることができない。妖精は俺たちのような肉体を持たず、魔法による幻影に似た霊体(そう呼ぶのが正しいかはわからない)を持つのみで、物理的に触れたり攻撃しようとしてもすり抜けるばかりなのだとか。
そして、三つ目。とにかく自由奔放ですばしっこく、気分屋である。一度定住しても遅くて約十日、早くて数時間で別のことに興味を持ち、さっさと移動してしまうのだ。
レジーナが『この隠された場所には珍しく長居しておった』と言っていたが、それは異例中の異例らしい。
話を聞いていて、俺の魔法の訓練に付き合ってくれたりしないだろうかと思ったのだが、それは無理難題である気もする。ほぼ確実に無理だろうな。
おそらくはこの先にもいないのだろう。話を聞く限り、妖精に会えるという期待は抱けなかった。
十分ほど歩いて、だんだんと空間が開けてきた。もうそろそろ町が見えてくるはずだとレジーナが言うが、聞こえてくるのは野生の動物の鳴き声や葉擦れの音のみ。
「これはいなさそうですね……」
アスカの耳がペタンと倒れている。俺もちょっと残念な気持ちだった。
俺たちはやがて広場のような場所に出た。円形に舗装された石畳の中央には小さな塔の模型のようなものが立っていて、床を這う線がその塔に集中して繋がっていた。
何かがいる気配はない。先ほどまであったはずの野生動物の気配もすっかり消えてしまっていて、まるで現世から切り離された空間のような気さえしてくる。
『むう……やはり妖精どもはおらぬか』
「なんというか、不気味な場所ね」
空はやや赤みを帯びており、今から道を引き返そうにも野営は免れない。レジーナが言うにはここは絶対安全だとのことなので、ここで一夜を明かそうという話になった。
夕食の用意はレジーナが一任すると言い出した。俺たちはその間中央の光る塔に近づいて、周りを歩いてみたり触ってみたりして様子を見る。
「魔法がかかっているような気がする」
ニアがそう呟いた。かなり希薄な気配だが、何か条件を満たすと動き出すんじゃないかと予想を立てている。
俺はただぼんやりと光っているということしかわからないから、彼女がいじっている様子をじっと見つめていた。
「ぐえっ」
『ほれ、もう一丁』
「ひでぶっ」
背後から聞こえる不穏な声と音は何なのだろうか。嫌な予感がしてならない。耳を押さえて青ざめた顔でうずくまるアスカを見る限り、予想はついてしまうのだが……。
🐉
夕食は焼き鳥とサラダと鳥の肉を使ったスープだった。予想通りと言えば予想通りだ。
「結構おいしいなあ」
程よく弾力のある食感、淡白な味、それに香り豊かなスパイスが効いていてなかなか美味しい。スープもコクのある味で、飲み干すと体の芯まで温まった。
サラダはエルフの町で買ったものらしい。どこにしまっていたのか非常に気になるのだが、やっぱり教えてくれることはなかった。
ただ一つ、問題があるとすれば。
「まあ、味自体は良いわね」
「それなら、良かった、カナ」
「必死で考えないようにしていたんだから声出さないで、頼むから」
そう、この肉、リンクなのだ。レジーナを問い詰めたところ『食欲が減退する以外に何の害もないのじゃから、構わぬじゃろう』とのたまいやがった。
何が嬉しくて初対面でいきなり人の脇の臭いをかいで天からフケを撒き散らした奴の肉を食わなきゃならないのだと、憤る気持ちがないと言ったらうそになる。
「どうして、こんなに、扱いが、雑なのカナ……? 美味しいなら、いいじゃ、ナイカ……」
俺たちの扱いにかなりショックを受けている様子だったが、そもそも食べられていることに疑問を持たない当たりこいつもこいつでおかしい。
昔は当たり前にやられてたのか?
「昔の、人間は、ボクを、非常食に、する奴も、いたヨ」
……昔も威厳なんかなかったんじゃねえか、これ。
🐉
奇妙な広場で一晩過ごし、俺たちは朝早くその場を立ち去った。昨日見た石柱の場所を超えると、二つに割れていた石柱はひとりでに起き上がり一つに合わさる。
それを見届けた俺たちは再び飛び上がり、俺が知っている町に向かう。何時間か飛んでいると、海岸線とその周辺に栄える一角を見かけた。
『あれが次の目的地か?』
レジーナの問いに頷く。
「港町、コアストだ」
俺たちは少し離れた平原に降り立ち、町のある方へ向かって歩き出した。
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