第46話 フェニックスのフケで森が再生した
『自作ポエム』の本を読み進め、一ページめくるごとに飛び出す地獄のような文言に抱腹絶倒した。これは確かに見られたくない。俺だったらずたずたに切り刻んで焼くだろうな。
息苦しくなりながら最後まで読み切り、顔を上げるとリンクがグロッキーになっていた。
「どうして、ボクは、死ねない、の、カナ……」
濁った瞳で虚空を見つめながらか細い声でつぶやく。さすがにちょっとやりすぎたか。
レジーナは今にも死にそうなリンクに対しても容赦がない。半ば白目をむいている彼の頭をつかむと、ものすごく怖い笑顔で迫っていた。
『何故我が起こしたか、わかるかの?』
「わかる、ワケ、ないヨネ……」
『荷物持ちになれ』
「フェニックスを、使いっぱしりに、するナンテ、無礼も、いいところ、ダヨ!」
しばらく言い合っていた二人だったが、不意にレジーナが耳打ちすると急に態度が変わった。俺を品定めするようにジロリと眺めて、ぼそぼそと何か呟いている。
「……なるほど、わかったヨ。仕方ない、引き受けて、やろうじゃ、ナイカ」
リンクがさっきまでと違い、活力に満ちた顔で立ち上がる。俺の横まで歩いてきて、数秒見つめ合った後。
「……すん、すん」
「──~~!?」
唐突に俺の脇に顔をうずめて匂いを嗅いできた。
「んー……、土の、臭いが、強すぎて、わからないネ」
「な、な、ななな何をするんだお前っ!?」
『こやつは臭いのが大の好物でな、特におのこの汗の臭いは大好物なのじゃ』
「なんだよそれ気色悪い……」
あまりに薄気味悪くて思わず両手で押しのけた。いきなり人の脇の臭いをかぐとか頭ぶっ壊れてるんじゃないの?
額に青筋を浮かべたニアが追い打ちをかける。鳩尾にドロップキックを食らったリンクはすごい勢いで半身を地面にめり込ませた。
「どうしてこんなのを起こしたのよ」
『言ったじゃろ、荷物持ちじゃ』
「こんなのをに荷物を持たせたくないわ」
「ボクを、起こして、おいて、ひどい、言い分、ダナ!」
リンクが叫ぶ。言っている内容はまあその通りなのだが。
「でもさ、あれはないって。さすがに引く」
「ウーン、昔は、許された、のにナア」
「俺らの祖先はどういう思考してたんだ?」
レジーナみたいな痴女がいたり、いきなり脇の臭いを嗅いで許されたり、もうめちゃくちゃだよ。……フェニックスの子孫だから許されてただけか?
『とりあえず、この山を越えるとしようか』
レジーナが横を向く。その視線の先には、なだらかな斜面の山があった。この山の先に、次に行く町があるらしい。
レジーナは荷物をリンクに放り投げた。続いてアスカも。俺とニアも少し悩んだが、結局持ってもらうことにした。
『では行くか』
巨大な翼をバサッと広げ、アスカを抱きかかえるレジーナ。ニアもふわっと浮き上がり、リンクはいつの間にかさっきの鳥の姿になっていた。
……ちょっと待て。
「俺飛べないんだが」
「私がお姫様抱っこしてあげる」
「えっ? ──うわっ」
グイっと足をすくいあげられ、体が後ろに倒れこむ。その背中を手で支えられて、俺はすっかりニアの腕の中に納まってしまった。
ほとんど隠れていない大きな胸が顔と体に当たる。正直に言ってめちゃくちゃ恥ずかしかった。
「うふふ、お姫様みたいで可愛い」
「で、できれば立場逆の方が良かったなあ」
「ウェディングドレス借りてこようかしら」
「それはやめて」
あれを着るのはもうこりごりだ。「ネグリジェもいいかもね」とか言っているけど、それこそ一番ダメな奴だよ。
と、俺たちがバカみたいなやり取りをしている間にレジーナとリンクは飛び上がってしまった。ニアも一歩遅れてそれに続く。流れる空気が顔を撫でた。
そういえば、遺跡の地下にあった空洞から抜け出すときもこうやって持ち上げてもらっていたっけな。……あの頃はまだレジーナもここまで吹っ切れてはいなかったんだが、どうしてこうなってしまったんだろう。
「あの蜥蜴のこと考えてるの?」
「え?」
「ダメだよ、あんな奴に心を許したら」
「だ、大丈夫だよ」
ニアの凍えるような視線が突き刺さる。俺は思わず喉をごくりと鳴らした。なんで俺の考えていることが分かったんだ。
……というか、俺がニアから離れるわけないだろうに。
「俺はずっとニア一筋だよ」
「……そ、それぐらいわかってるわよ」
「はは、ニアが照れてるの初めて見たかも。可愛いね」
「今晩宿に着いたら搾り取っていいの?」
「それは勘弁してくれ」
俺たちはすっかり山頂より高いところまで上昇していた。そこで一度リンクが留まり、俺たちもそれに気が付いて止まった。
「チョット、森を、治してから、ついて行くネ」
言うや否や、リンクが大きく羽ばたく。翼から黄金に煌めく粉が舞い散った。
それはゆっくりと地面に降り注ぎ、触れた木々を、草を、瞬く間に再生する。幹が砕けて倒れていた木が起き上がり、畔近くの茶色の大地に緑が戻る。
異様な光景だった。さっきまで醜態を晒し続けていた存在がやったとは思えない。間違いなく人外の力であった。
「……やるじゃないの」
ニアがリンクを見つめる。その視線にはまだ軽蔑の色が残っていたが、同時に尊敬の念も混じっていた。
森がすっかり復活すると、リンクは大きく息を吐いてこちらにやってきた。
「ずっと、寝ていたから、フケも、すごい量が、でたネ!」
「うわ、あれフケなの。汚いなあ」
フケを撒き散らして森を治すとか、正気の沙汰じゃないな。
🐉
五分ぐらい飛んで、ようやく山を越え反対側の麓へとたどり着こうというところまで差しかかった。眼下の森は遠くまで続き、地面が全く見えない。
『このあたりで降りるとしよう』
レジーナに続き、俺たちは森の中へと降り立つ。森の中は薄暗くて、歩きづらかった。
「本当にこのあたりに町があるのか?」
俺はレジーナに問いかけた。まるで人が住んでいるようには見えなくて、妖しく感じてしまう。
が、レジーナは自信満々に『ある』と言ってのけた。
しばらく歩くと、奇妙な石柱が現れた。三角形の柱で、表面にはたくさんの線が走っている。苔むして、随分と風化していた。
レジーナはそれに触れた。そして何かを呟く。
──瞬間、柱に刻まれた線が光った。
「な、なにこれ?」
『ちょっとした魔法じゃ』
それだけ呟いたレジーナは、石柱から手を離した。石柱はなおも光り続け、やがて中心から二つに割れる。表面を覆っていた苔がはがれて地面に落ちた。
『ちと後ろを見てみるがよい』
言われて振り向くと、山が消えていた。どころか、森の木々まで消えている。
「な、なにが──」
『あの森と山は幻覚じゃ。と言えど、山の幻覚はイグドラジルあってこそじゃがな』
「あれが、幻覚? 信じられないわ」
訳が分からない。何が起こっているのか理解できなかった。
前を向き直る。二つに割れた石柱の光がやんでいて、代わりに一つの道が出来上がっていた。
『ここを行けば町にたどり着くぞ』
あまりにも規格外なことが起こりすぎて、この時俺はぼうっと道の先を見つめることしかできなかった。
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