第45話 焼き鳥くんの黒歴史(ダークサイド)

「なんだこいつ」

「さあ、飯かな?」


 目の前で燻ってる鳥が美味しそうに見えた自分が少しだけ恐ろしかった。


「美味しいお肉の匂いがします! 食べていいですか!?」

『待てアスカ、まだ食べてはならん』


 アスカは涎を垂らして尻尾を振っている。ずっと野菜と干し肉ばかりだったから新鮮な肉に飢えてるんだろうな。目が血走ってヤバいことになってるもん。


 とにもかくにもどうにかしようとレジーナが手を伸ばした瞬間、それはひとりでに飛び上がった。


「“まだ”ってどーゆーコトよ!?」


 全身から炎を噴き出しながら羽ばたく黄色のそれは、俺たちを警戒するように距離をとって睨みつけてくる。翼も胴も細長く、くちばしは槍のように鋭く尖っている。


「文字通り後で食うってことでしょ」

「ボクは食べ物じゃないヨ!?」

「……可食部が少なくて美味しくなさそうです」

「ソコのガキンチョ、アトで痛い目見たいのカナ!?」


 萌えながら飛んでいることといい、喋り方といい、たしかにレジーナの知り合いらしい雰囲気だった。


 とはいえ、ずっと騒がれるのもうるさい。


「レジーナ、そいつ湖に沈めちゃっていいんじゃない?」

『そうじゃな』

「チョットチョット! ボクが何者か知っての狼藉カナ!?」


 知るかそんなもん。


「焼き鳥だろ」

「ちがぁーう! ボクはリンク! フェニックスのリンクだヨ!」


 両の翼の先を腰(と思しき場所)に当てて「どうだすごいダロウ!?」と踏ん反り返っている。はっきり言って威厳もクソもありゃしなかった。


 俺たちの反応が気に食わないのか愚痴を溢し、今度は自分の偉業の数々を語り始めた。どうでもいいので魔法の本でも読むとしよう。……あ、レジーナのせいで水浸しになって読めねえや。


「レジーナ、これ弁償してくれよ」

『次の町に行けば買えるじゃろ』

「そんな適当な」

「チョット! ボクの話を聞け人間! 無視してると殺すヨ?」


 いきなり焼き鳥──もといフェニックスのリンクが俺に突撃してきた。くちばしの先を真っ直ぐ俺の心臓に定めて、


「ぐえっ」


 次の瞬間、勝手に動いた俺の右手にその首が収まっていた。熱いのかと思いきや暖かい程度で、火に触れても火傷すらしなかった。どうやら紛い物らしい。


 首が締まって息ができなくなったせいか、リンクの顔がだんだん白くなってきた。ヤバいかもと思って離したら今度はレジーナがさらに強く握った。苦しそう。


『一度こやつが一応フェニックスの血を受け継いでおることを証明するにはこれが一番じゃ』


 心底楽しそうに笑うレジーナは、そのまま鳥の首を、


『それ』

「ぁ」


 ポキっと折った。その後念入りに両の翼と胴を真っ二つにして、湖に投げ捨てる。


 あまりにもアレな扱いだった。


 俺たちはなんとなく湖にお祈りを捧げる。すると、急に湖面が揺れ始め、ポコポコと気泡が浮き始めた。


『もうそろそろ復活する頃じゃ』

「そう」

「お肉は食べられないんですか??」

『我が言うことでもないが、もう少し温情をかけてやっても良いのではないかの……?』


 ニアは冷ややかに、アスカは名残惜しそうに、湖を見下ろす。波と気泡がだんだんと激しくなり、やがて巨大な水飛沫が上がった。


 再び大洪水が発生する。表面が抉られた土がさらに流され、茶色に染まった水が膝を濡らした。


「うわあ、またかよ」

「森林破壊が進む……」


 今度は流されそうになる程でもなかったが、それでもレジーナのあれで地面が緩んでいるせいか周囲のまだ立っている木々が数本倒れた。


 水飛沫が止むと、湖の中心、その上に人影が一つ。翼を用いることもなく、まるでそこに地面があるかのように存在していた。


 周囲に飛ぶ水滴が陽光を反射して光っている。人影が腕を振ると、その水滴が弾丸のように周りに吹き飛んだ。


「フフフ……」


 不気味な笑い声が聞こえた。それまで全身灰色だった人影が、だんだんと色を帯び始める。


 それは背の高い男だった。


 骨と皮だけのようなガリガリの体に、こけた頬、ボサボサで短い黒髪、つぶれた鼻に濁った漆黒の瞳。


「どうだい、ボクの、美しさにを、理解して、くれた、カナ!?」


 フェニックスとは思えないぐらい貧相な体と喋り方だった。あばら骨が浮いて、目がギラギラしていて、美しいとは対極の位置にあるような姿。


 細かく息継ぎをする苦しそうな喋り方もかなりうざったい。それ一息で言えるだろってツッコミたくなる。


 そして何より、


「とりあえず服を着てくれ」

「服、は、フェニックス、に、不要なもの、なんだヨ!」

「この露出狂」

「ボクを、侮辱、するのも、大概に、しようネ!?」


 そう、こいつも一切の服を着ていないのだ。どうやら生物的には男らしく、そっちのほうはお世辞にも立派とは言えなかった。


『初めて見るが……ふむ、クロノよりも小さいのじゃな。貧相すぎて同情するぞ』

「俺と比較すんじゃねえよ!」

「ボクは、貧相じゃ、なくて、慎ましい、って、言うんだヨ!」


 頬を膨らませてリンクが怒る。レジーナはそれを見て面倒臭そうにため息をひとつついた。……と思ったら、飛び上がって鳩尾に全力パンチを叩き込んだ。


「ごぼっ」

『我らの足になれ』

「殴って、言うことが、それって、蛮族、カナ?」


 それはマジで同感だよ。この傍若無人な態度はまさしくそういう類のやつだ。


『大人しく従えば命は奪わぬから安心せい』

「フェニックスへの、脅しじゃ、ないヨネ」


 何がしたいのか分からなくなってきたな。


 しばらく口論していた二人だったが、やがて苛立ってきたらしいレジーナが放った『貴様の自作ポエムを全世界に公開する』という一言によってびっくりするぐらい従順になった。

 

「その、ポエムは、ダメ、だヨ……みんなに、見られたら、死ぬ、カラ」


 どうやらその『自作ポエム』とやらはそれほどまでに見られたくない物らしい。どんなものなんだかちょっとだけ気になるな。


 と思っていたら、レジーナがポイッと一冊の薄い本を渡してきた。


『それを音読すると良い』

「そ、それは!」


 リンクが慌てて俺に迫ろうとするが、レジーナががっちり押さえつけた。


 俺はその本を開いて、一ページ目に目を通し。


「うわひどいなこれ」

「そう、なるから、見せたく、なかったんだヨ!」


 その本には、ヨレヨレな字でこう書かれていた。


 “ボクの左腕には、破壊神が宿っている”


 “ボクの体内には、フェニックスの血が流れている”


 “ボクはなんて悲しい運命なんだろう”


 “破壊と再生を同時に司る、悲劇の存在”


 “こんなボクを産んだ世界を許さない”


 “ボクはこの世界に復讐する権利がある”


 “ボクの左腕が疼く、破壊神の目覚めは近い”


 “破壊神が目覚めれば、ボクは死ぬ”


 “後のことは、破壊神もう一人のボクに任せよう”


 “さよなら、愛しき、憎き世界よ”



 ──これは、あまりにも……。


「きょうびこんなこと書くやついねえだろ、どんな頭してたんだ」

「ちょっと、目も当てられない痛々しさですね……」

「哀れね」

『じゃろ?』

「ボクの、味方は、いないのカナ!?」


 フェニックスの絶叫が、ボロボロになった森に響いた。クッソ無様だった。

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