第44話 湖を割ったら空から焼き鳥が降ってきた!

 森が燃やされた次の日、俺たちは町を去ることになった。手伝いぐらいしようかと提案したものの、俺たちにできることはないからと断られたので、いる必要がないのだ。


 店はまだ営業再開できないため見て回ることができず、それ以外で寄るところもない。


 町を出ていく直前に俺たちはミスティリアさんの屋敷へ顔を出し、いつもの応接間で少しだけ話をしていた。


「色々迷惑かけてしまってごめんなさいね。落ち着いて観光もできなかったから、疲れているでしょう?」

「いえ、そんなことはないですよ」


 カップを持ったまま、ミスティリアさんの言葉に対して首を横に振る。疲れてはいるが、そんなに心配されるほどのものじゃない。


 むしろ、夫が死んだ(と思っているであろう)彼女の方が心身ともに疲れているんじゃないか、と聞き返したのだが。


「心配してくれるのね、ありがとう。でも大丈夫よ」


 それはもう清々しい笑顔を浮かべていた。みじんも気に病んでいない様子なのが逆に気になって、どうしてなのかと聞くと、どうやら昨晩レジーナが殺したのが偽物であると唐に気づいていたらしい。


「確かに声と外見はあの人だったけれど、ちょっと夜の話を持ち出された程度であんなに狼狽えないわ。それで、偽物だって気がついたのよ」


 理由はひどいものだったが。


 まあなんにせよ、思い詰めていないようでよかった。……そもそも、あの時泣いていた理由も「レジーナに借りを作りたくなかった」だもんなあ。心配する必要なんてなかったか。


「ああ、そうそう」


 ナッツを噛んでいたミスティリアさんが、ふと思い出したように言った。


「あの人が置き手紙で『あなたが可愛いから養子にしたい』と言っていたのだけど、どうかしら?」

「ダメです」

『ダメじゃ』

「絶対に許さないわ」


 俺とレジーナとニアの声が重なった。アスカは一拍遅れて「や、野菜漬けの日々は……」と青ざめている。それは俺だって御免こうむりたいな。

 

「あら、残念。養子になってくれたらいっぱい可愛がってあげ『いくらお前でもそれ以上言うたら容赦せぬぞ』もう、そんなに気を張らなくても「クロノに手を出したら私も死力を賭して復習してあげる」……この森の中で私をどうにかしようなんて、とんだお馬鹿さんたちね、うふふ」


 俺とアスカを除く三人は勝手に盛り上がっている。火花をばちばちと散らしてソファーから薄く腰を上げ、きっかけを作ればすぐに殴り合いを始めそう。


 ニアはともかく、レジーナやミスティリアさんの趣味に染め上げられるのは嫌だなあ、とか思いながら、なるべく視界に移らないようそっとナッツに手を伸ばす。その腕が、ニアの手によってがっちりと押さえつけられた。


「もう油断ならないわ。旅に支障が出るかもしれないけど一刻も早く既成事実を作るわよ」

「ちょっと待て気が早いにも程があるぞ!?」


 彼女の目は真剣そのもので、俺の言葉を聞き流し服に手をかけ始めた。ソファーの上に押し倒される。押し返してもびくともしない。


 ニアはあっという間に下着以外をを脱ぎきってしまった。これはヒジョーにまずい。先日テントでやられた時と同じ流れだ。俺じゃどうにもできない。


 レジーナに助けを求める。そそくさと距離をとってニヤニヤ眺めてきやがる。


 ミスティリアさんはどうだ。彼女は「あらあら」とまるで野生動物のそれを見るような態度。


 アスカ。論外。彼女は顔を手で隠してプルプルしてる。


「いっぱい気持ち良くなろうね、クロノ?」

「やめろ!!!!」


 俺が叫ぶと同時、ズボンが引き摺り下ろされ──


『よっと』

「ふぎゅっ」


 る前に、レジーナが何かを投げつけてニアを気絶させてくれた。


 床にカラカラと転がるそれは、金色に光る楕円の板のようだった。


『我の新技、スケイルバレットじゃ』

「鱗剥がしてぶん投げるのに技もクソもあるかよ」


 思い切り腕を振り抜いた体勢のまま得意げに語る彼女に、俺は鱗を投げ返した。


     🐉


 ニアをレジーナに任せて屋敷を後にし、復興が進められる町の中を抜けて湖まで向かった。元来た道を辿って森を抜ける……かと思いきや、レジーナは畔にに立ってじっと水中を見つめている。


「何をするんだ?」

『知り合いを呼び出すだけじゃ』


 ぼうっと突っ立って湖見てるだけじゃんか、とぼやきそうになったその瞬間、いきなりレジーナの右腕がぶれたかと思うと湖面が割れた。


 そう、湖面が、真っ二つに、


「はあ?」


 ドドドドドオッ……と、底まで綺麗に真っ二つ。


「何やってんの!?」

『これでよし、じゃ』

「なんも良くねえだろ!」


 今の湖は、人が数人横並びで歩けるぐらいガッツリ割れていた。その分の水がどこにいくかと言ったら当然溢れる。


 洪水でも起きたかと言わんばかりの奔流が森の木々を薙ぎ倒し、畔の石を流し、土を抉る。当然俺たちの方にも流れてきた。


「ごぼぼっ! ぶえっ」

『軟弱じゃのう』

「こんなの耐えられるわけないだろ!」


 ざざあっ、と流されかけたところを、レジーナに襟首掴まれてなんとか凌いだ。全身水浸しになって、目や鼻にも水が入ってくる。口には少しだけ土まで流れ込んできた。


 見上げれば、ニアはアスカを横抱きに空中へ避難している。なんで俺は助けてくれないんだ。


「クロノのことお姫様抱っこしたらそのままどこかに逃げて襲っちゃうけどそれでもいいの?」

「それはダメだわ」


 とんだ色情魔だ。いや実際そうなんだが。


 腰上まで水に浸かったまま、レジーナは相変わらず湖の底に目を凝らしている。そして、満足そうに頷くとさっき投げた鱗をどこからか取り出した。


『……うむ、ちゃんと残っておるな』

「何が?」

『ほれ』


 指差した先には、微かに白い物が見える。あれはなんだ、と聞く前にレジーナは鱗を持った手を構えた。そして、パシュッ、と音が響く。


 投げられた鱗が、白い物に刺さった。大きな亀裂が入り、ポロポロと崩れ始める。


『あれは我の知り合いの寝床じゃ』

「は?」


 いきなり変なこと言い出したぞ。


「なんで湖の底に埋まって寝るんだよ」

『その方がカッコいいから、と言っておったな』

「感性ぶっ壊れてない?」


 少なくともこんな雑なやり方じゃカッコいいとは正反対だ。……と思っているうちに、白い物はすっかり崩れ落ちた。その中から一筋の光が天に差し、


 ドドドドオッ!!


「あーあ、沈んじゃった」

『もっと強く水抜きすればよかったかの』

「森を壊す気なのか」


 何かが出てくる前に湖の水がそこに流れ込んだ。轟音を響かせてうねる水が引くと、あたりはすっかり大惨事。ザザア……ザザ……と波がゆらめく音が、虚しく響く。


「これどうすんのさ」

『放置で』

「最低だなホント。なんとかしろよ」

『無理じゃな』

「後片付けはちゃんとやれって親に言われなかった?」


 半顔でレジーナを睨むが、彼女は知らんぷりして『では行こうか』ととんずらしようとする。押さえつけるも力では敵わず引き摺られて、膝が泥まみれになった。


 そのまま湖の前から離れそうになり、引き止めるのも諦めた瞬間──


「ぷぎゅっ!?」


 空から焼き鳥が降ってきた。

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