第43話 真夜中の占い
足元も良く見えないほどの暗闇で、俺はテントの入り口の隙間からぼうっと遥か高くで輝く星々を眺めていた。エルフの町は燃え、宿もほとんどが焼けてしまったため、今日は野営となる。
ここ数日、いろいろなことがありすぎた。町に着く前からハプニングが起こり、着いて宿に入ったらそうそう変態と叫ばれるし、次の朝には王家の血筋の方と会うし、挙句の果てにはこれだ。
はっきり言って、密度が高すぎる。せめて一週間でこれが起こったならまだいいが、いくら何でもこれはひどい。
「すぅ……すぅ……」
「うーん……クロノ……しゅき……えへへ…………」
俺の近くでは、ニアとアスカが穏やかに寝息を立てていた。レジーナはいない。今日は寝る気もないらしく『ミスティリアと話をする』と言ってどこかに行ってしまったのだ。
十分な広さはあるからとテントも一つだけになり、いまはテントの中ですし詰め状態。本当は一刻も早く寝てしまいたかったが、どうにも眠気が襲ってこないからこうやって暇をつぶしていた。
木々の隙間から、夜行性の獣の息遣いを微かに感じる。葉を揺らすそよ風の音が、漆黒のシルエットとなって浮かぶ森を撫でまわす。
不思議な気分だった。つい数十日前まではただの学生の一人にすぎなかったはずの俺が、こんな知りもしない場所で野営をしているんだから、奇妙というほかない。
楽しいと言えば楽しい。みんな面白い人たちばかりだから、つまらないわけもない。しかし今更になって、あの日母親の提案に乗って家に残らなかったことを後悔している自分も、心のどこかにいた。
『おやおや、随分とご傷心のようで……。やはり親の元を離れるのは堪えますかな?』
風に乗って、幻聴が聞こえた。……いや、これは幻聴ではない。つい数時間前に、レジーナが殺した男の声──。
「そう緊張なさらないで。私は危害を加えたりはしませんよ」
蔦が目の前に垂れてきた。その先に捕まっているのは、黒を基調とした例服に身を包んだあの男。手に持った精霊のランプで照らされたその瞳は、先ほど見た時と違って美しく澄んでいる、ように思えた。
「生きていたんですか」
問いかける。男はそれに苦笑を漏らして、肩をすくめた。
「いいえ、“あの”我は死にましたよ」
「……どういうことです」
「あれは我のコピーですから、本物の我ではない」
男は得意げに、背後の暗闇を振り返った。その背を見て、俺は全身の毛が逆立つのを感じた。
この男は、今なんと言った。自分のコピーだと。確かにそう言った。
──そんなもの、俺は今まで聞いたこともない。物語でたまに自身のコピーを作る描写があるが、それは現実には不可能であるはずだった。
「驚くのも無理はありませんね。なにせ我がこの術を完成させたのはつい先日……我以外には一人を除き知りもしないものです」
男は、ランプを地面に置いてどっかと腰を下ろした。あぐらをかくと俺の目を見据え、余裕しゃくしゃくな笑みでもって語る。
「まあ、その一人というのが厄介でしてね……。おっと、これ以上はいけない。君には別の用事があってここに来たのです」
「俺に、ですか?」
「ええ、そうですよ。ああ、申し遅れました。我はフォルネリオ・ディウスアルバール。ミスティリアの夫です。よろしく、クロノ君」
穏やかな笑みを浮かべ、手を差し出された。俺もそっと手を出して握手をするが、その中で不意に何かを握らされた感触を受けた。
手を引き戻し、その正体を見る。それは、重なった一枚のカードだった。
「私は占いが趣味なもので、よく人の未来を占うのですよ。今回は、君がこれからどういう運命をたどるか……と言っても、そこまで深くはないですが、助言をしたいと思ったのです」
カードをよく見てごらんなさいと言われて、フォルネリオのランプで照らして見る。向きは変えるな、と言われた。
左手にあるカードは、中央に黄色い輪が描かれていた。それは空中に浮かんでいるらしく、周囲には雲がえがかれ、四方を囲むように羽の生えた動物がいる。
上に書かれた文字は見たこともないものだが、絵柄からどうやら反対の向きであるらしいということは推測できた。
「君は、今後どこかで一度どん底に落ちることになります」
先ほどの穏やかさは鳴りを潜め、厳格な声が耳に届いた。俺はパッと顔を上げ、鋭いまなざしで俺を捉えるフォルネリオと目を合わせる。
「いつそうなるか、ということはわかりません。明日かもしれないし、もしかしたらずっと先の話かもしれない。ですが、君に訪れる地獄めいた運命は決定づけられています。
きっと苦しむでしょう。それまでの人生では感じたこともないほどの苦痛を、いっぺんに味わうかもしれない。悉く悪い方向に流れて、絶望することになるでしょう」
俺はすっかり雰囲気にのまれていた。フォルネリオに言われて、なんだか自分があの時奈落に落ちたように闇の中へと吸い込まれて、そのまま今度は生きて帰れなくなるのではないか……と冷や汗を流した。
フォルネリオはじっと俺を見つめる。まるで「それがお前の運命だ。どれだけ苦しもうともおとなしく受け入れろ」と戒められている気分で、居心地が悪かった。
「──しかし」
すっ……と、フォルネリオは柔和な笑みを浮かべた。
「ずっとそのままというわけではございません。その苦しみは一時的なもの。耐えていれば、やがてまた運気は向上します」
俺の手からカードを取り、懐にしまう。ランプを手に持って立ち上がりながら、彼は話をつづけた。
「苦しい時は周りに頼りなさい。君が独りで苦しむ必要はないのです。ともに旅をする者は、皆君の味方ですよ」
そう言い残して、彼は蔦に捕まって真上へ上って行った。あとには静寂だけが残り、先ほど聞いた言葉がやけに耳の中で反響する。
……俺は特に何もしていないんだがなあ。そんなことを思いながら横になった。
俺は結局のところ、レジーナに振り回されるがまま付きまわっているだけだ。何度か妙なことが起こったり、俺の中に強大な力があると言われたりしたが、俺が自発的にしたことと言ったらニアにプレゼントするアクセサリーを買ったことぐらい。
強くならなきゃ、と少し前に決心したのも、それ以降は何もしていない。
そんな俺が、ずうずうしく頼るのは卑怯な気がしてならなかった。
「…………今更か」
苦笑を漏らし、寝返りを打つ。
今だって散々迷惑かけてるんだ。そんなことでいちいち悩んでたってしょうがない。
ただ、自分でやれるだけのことはやっておかなきゃなあ、という思いが次第に募ってきた。俺は荷物に手を突っ込んで、昼間買った魔法の本を触る。
明日からじっくりそれに取り組もうと思い思い、目を閉じればあっという間に夢の中へと意識が吸い込まれていった。
🐉
次の日の朝。俺はニアに肩をゆすぶられて目を覚ました。
「ねえ、クロノ」
「どうした?」
ぼうっとしたまま寝転がっていると、背後から声をかけられた。
「テントの入り口のところが開きっぱなしなんだけど、誰か来たの?」
目を向けると、すっかり着替えを済ませた彼女が不思議そうに首をかしげていた。俺は昨晩の一部始終を話そうかと口を開いたが、
「いや、知らないな」
「そう。ならいいんだけど」
……なんとなく、黙っておくことにした。
隙間から射し込む朝日が眩しかった。
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