第41話 避難したらエルフに犯人扱いされたし王族はすごかった

 目の前で轟々と炎がうねる。森を、町を飲み込んで広がるそれはあっという間に宿の周囲を取り囲んだ。


「まずい、逃げないと」


 窓から離れ、大急ぎで荷物をまとめる。全員で部屋を出ると、丁度ベルさんが部屋の前に駆けてきたところだった。


「大丈夫!? 表の入り口はもう危ないから、裏から出るよ!」


 走る彼女を追って通路を曲がる。その先に会った裏口から出て、しばらく走ると肌をチリチリと焼く熱気が落ち着いた。燃え盛る町から離れたところで、他のエルフも集まって座っている。


 一人が俺たちに気づき、目を見開いた。そして、その直後すっと細められ、まるで仇でも見るようにこちらを睨みつけ……。


「……お前らがやったのか?」


 聞き逃しそうなほど小さなその声は、しかし遠くから聞こえる轟音の中で確かに全員の耳へ届いた。彼の恐怖や怒りはあっという間に全員に伝播し、皆俺たちから距離をとった。


 違う、俺たちじゃない、と弁明したところで理解されない。この中で唯一エルフ以外の種族である俺たちは、今や明確な敵。罵声こそないが、この場にいるにはあまりにも息苦しかった。


 重苦しい空気の中俯いていると、一歩前に出る気配がした。ベルさんだ。


「ちょっと、あんたたちなにピリピリしてんのさ」

「町が燃やされたからに決まっているだろうが!」

「燃やされた、ね」


 背後で赤く荒れ狂う業火を一瞥し、ため息をつく。彼女はエルフたちを睨みつけて怒鳴った。


「勝手にこの人らを犯人扱いするんじゃあないよ!」

「だが!」

「だがなんだい! あんたは火をつけたところを見たってのかい?」

「……いや」

「だったら騒ぐんじゃあないよ! 確かにエルフじゃあないがこんなチンチクリンに何ができるって言うんだい?」


 ベルさんは俺たちの前に立ち、必死にかばってくれる。それはすごくありがたいのだが。


「チンチクリン……チンチクリンって言われた……」

「気を落とさないでくださいクロノさん」


 話の流れと関係ないところでダメージを負った俺をよそに、ベルさんと男エルフは口論を続ける。


「サキュバスと龍人だっているじゃないか!」

「サキュバスが襲ってきたんならこんな大仰なやり方はしないよ。龍人だってミスティリア様と親しくしているんだから、ここを襲う道理はないね」


 ミスティリア様、とベルさんが言った瞬間、俺たちを睨んでいたエルフの目が一斉に見開かれた。呆然と口を半開きにベルさんを見つめ、その中で男エルフが確かめるように聞いた。


「今、なんと言った? 俺の耳がおかしくなったわけではないよな?」

「この龍人はミスティリア様と親密にしているって、確かに言ったよ」

「そんなわけが……」

「証拠の書簡も手元にあるからね」


 懐から取り出されたのは、以前ラナに渡された手紙だった。それが掲げられると、エルフたちがどよめきレジーナに畏怖するような顔を向けた。


「なんと……」

「ミスティリア様と知り合いとは、とんでもないお方じゃ」

「私たちはとんだ無礼を……」


 震える声で口々に呟き、レジーナに頭を下げる。畏敬の念を向けられて気持ちいいのか彼女は腰に手を当て胸を張り『くるしゅうない』とか言っているが、レジーナの本性を知っている身としては滑稽に見えて仕方なかった。


 ……そういえば、何か忘れていると思ったが、ラナはどこに行ったんだ?


「ミスティリア様を呼びに行ったよ。本来は招待されない限りお屋敷に近づけないんだが、あの子は何故だか気に入られていてねえ」


 ベルさんが難しい顔をして「どういうことなんだか」と首をひねる。それと時を同じくして、森の奥から微かに足音が聞こえた。


 視線を向けると、ラナが茂みから飛び出しベルさんの方へ駆けよる。その後ろから、ミスティリアさんとそれに付き添うレイが姿を現した。


「どうやら、全員無事のようね。怪我を負った者がいないようで何よりだわ」


 固まって座るエルフたちを見やり、ミスティリアさんが目尻を下げてため息をつく。が、その直後業火へと視線を移した時には、全ての感情が抜け落ちた顔になっていた。


「……まったく。私たちの安寧を脅かそうなど、随分ふざけたことをしでかしてくれるものね」


 煉獄の中に潜むものが見えているかのように、ミスティリアさんは静かに歩を進める。そして、レジーナの横あたりまでくると右の手の平を前に突き出した。


「【母なる大地よ 万物の根源を打ち払え 厄災の猛りを鎮めよ】」


 発された言葉は幻惑的な響きを持って全てを覆い、染み込んでいった。直後、意志を持ったかのように暴れ狂う木々が、夜闇を焦がす


 大地から斬り離された炎は瞬く間に虚空へ溶け消えて、後に残るのは幕のように街の表面を覆う弱々しい火だけとなった。それもやがて大地に染み込む雨水のように消え去り、町を襲った猛火はあっけなく消え去った。


「す、すごい……」


 誰の呟きだったか。その声を皮切りに、エルフたちがどっと湧いた。口々にミスティリアさんへの賛辞を口にして拝み、縋るように彼女を取り囲む。


 俺たちは少し離れたところで見守っていたが、それはもうすごい光景だった。何かの儀式の様相を呈してきて若干の恐怖を感じたので、目を逸らして町の焼け跡を眺める。


 火災の勢いこそすごかったが鎮火まで早かったためか、木が倒れることもなく家も原型は保っていた。木の幹や木材の表面が黒ずみ、ところどころ穴が空いていたりするが、それ以外に目立つ被害はほとんどなし。


「どうやって消したのかしら、さっきのあれ」


 ニアが身を抱えて震えながら、俺の横に立った。俺は彼女の言葉に答えられない。


 俺だって知りたかいと思った。あの木がぐわんと炎を抉り削って、一瞬で鎮火したその原理を。だが、多分わからないのだろう。あれはエルフだけに許された魔法なのだろうな、と言う直感も同時に持っていた。


 そしてそれを裏付けるように、レジーナがつぶやく。


『あれはエルフの王族にのみ扱える秘術じゃ。周囲の木々を手足のように操り大地から切り離した万物を消滅させる、という話じゃったな』


 随分とデタラメだなあ。どういう経緯でそんな化け物じみた力が手に入るのだろうか。


 ここを去る前に一度聞いてみようか……と考えていると、横に立っているニアが急に険しい顔で街の方を睨みつけた。


 何かあったのかと俺も続いて視線を移す。そこには、全身黒尽くめのエルフが一人、悠々と佇んでいた。


 痩せぎすで背が高く、闇に混じるような姿の中で澱んだ瞳だけがぼんやりと浮かぶ。緩慢な動きで町を見回していたエルフは、ようやく俺たちに気付いたらしい。


「ふ、くふふふ……見事なものですね、この焔を瞬く間に消し去ってしまうとは」


 低くくぐもった声が聞こえた。不気味に揺れるその声色は、耳にこびりつくような不快さがあった。


 ──背後で人の波が動く音がする。ミスティリアさんが取り囲むエルフたちを退かせ、こちらに駆けてきたのだ。


 俺たちの前に出た彼女は、突如立ち止まり町の中心で佇むエルフを見つめた。そして、胸元で手を組み……、


「あ、あなた……?」


 縋るように、声を絞り出した。

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