第40話 迷宮に入ったがあっけなく終わってしまった

 扉の向こうはやや薄暗い通路が続き、そしてすぐに会談へとたどり着いた。松明を模した形でありながら熱を感じない照明が等間隔で並び、年輪が見える濃い茶色の階段を上る。


 これは神が造ったものなのではないか、と思った。ただの直感でしかなかったが、それを信じさせるだけの何かがあった。


 階段は長く、中々三階へと着かない。数分間上り続けて、いったいいつ上階にたどり着くのだろうか、アスカやニアと話を始めたところで、視界が開けた。


「……おお」

「ふわあ……すごいです……」


 思わず感嘆の声を漏らす。そこはまるで王城の謁見の間のような場所で、高貴さと神聖さで満ち満ちていた。


 中央には巨大な赤のカーペットがまっすぐ奥まで敷かれており、その左右を巨大な柱が挟むように聳える。最奥には数段高い場所があって、中央には巨大な玉座が一つ。


 左右の壁には細長く大きい窓が並び、レースのカーテンに乱反射して細かい宝石の雨を室内に降らしていた。そして、玉座の後ろの壁には巨大なステンドグラス。抽象的なデザインのそれは陽光を鮮やかに染め上げ、この場を美しく彩っていた。


『なんとも、凄まじいものじゃな……』

「本当ね、こんなに荘厳な場所初めて見たわ」


 レジーナとニアも、きょろきょろと室内を見回しては上ずった声を上げている。レジーナまでこうなるなんて、ここはとんでもない場所に違いない。


『我もこんなキラキラところに住んでみたいものじゃ』

「身の程をわきまえなよウシチチメギツネトカゲ」

『新種のモンスターかの?』

「あんたのことだよ」


 ……そうでもないのかもしれない。


「そういえば、上階に上がる階段はどこにあるんでしょう?」


 俺たちがはしゃいでいると、一足先に玉座の裏まで駆けて行ったアスカが首を傾げた。その言葉に、そういえばと改めて室内を一周見回す。


 確かに、この場所は本来なら三階で、まだまだ上に上る必要があるはずなのだが、それらしきものは見当たらない。背後にある下りの階段だけだ。


 ニアとレジーナも含めて全員で部屋の隅から隅まで捜索した。柱の中に仕掛けがあるんじゃないかといじってみたり、カーペットをめくってみたりもした。が、それらしきものは見当たらない。


 いったいこれはどういうことかと、思考に耽る。と言えど、導ける結論は一つしかなく。


『ここが最上階、ということかのう』


 現状を踏まえれば、そうとしか考えられなかった。


 だが、だとしたらあの膨大な量の探査記録はなんだったのだろうか? あれが偽物だとは到底思えないから、本来は確かにあるのだろう。


 考えてもわからず、結局それぞれ玉座に座ってふんぞり返って遊んだ後、謁見の間を去った。


     🐉


「最上階に行ったなど、そんな話は信じられないわ」


 対面に座るミスティリアさんが、訝し気にこちらの様子をうかがいながらナッツをつまむ。俺は予想通りな反応に苦笑して、カップを受け皿の上に置いた。


 当初の予定より何倍も早く戻ったため、ミスティリアさんは最初何かあったのかと大慌てで俺たちのもとにやってきた。話は応接間で聞くと案内され、そこで先ほど起こったことを包み隠さず話したわけなのだが……。


「何百年も、何千年もかけてまだ最上階に到達していないの。それほどあっさりと到達されたら困るわ」


 誰かを憂うように虚空を見上げ、ミスティリアさんはお茶を静かにすすった。俺たちとしても、最上階に行ったというのを証明する方法もないし、そもそも本当にあそこが最上階だったかも定かではない。


 しばらく黙りこくっていると、ふと思いついたようにレジーナが顔を上げ、指を鳴らした。


『せっかくじゃ、もう一度見に行こう』


 そう簡単にいくんだろうか、と思った。ミスティリアさんもあっけにとられたようにレジーナを見つめている。


 だが、彼女はもう一度行けるとどこかで確信しているようで、もし見れるのならと再び迷宮の中に入ることにした。


     🐉


 結果から言えば、また行けた。


「こ、こんなところが……初めて見たわ、一度もこんな場所があるという報告も受けてないもの」


 呆然と奥の玉座を見つめて、ミスティリアさんが呟く。しばらくぽかんと口を半開きにしていたが、やがて複雑そうな表情で唇を舐め、ゆったりとした足取りで玉座に近づき、腰を下ろして足を組むと、


「どう? 似合っているかしら?」

『おお、良いの。ぴったりじゃ』


 片側の口角を限界まで釣り上げて頬杖をつき、俺たちを見下ろした。普段の慈愛に満ちた姫のような雰囲気とは真逆で、気分屋な暴君のように見えた。


 レジーナは遊ぶ彼女をおだてていろんなポーズをとらせている。ひじ掛けに両肘を立てて腕を組ませ、その上に顎を乗せてみたり、浅く腰かけて思い切り後ろに体を投げ出してみたり……。


 早い話がものすごく遊びまくっていた。ここに来る前の緊張感はどこへやら、二人の暴走は留まることを知らない。


『次は背面のところに仁王立ちじゃ』

「あら、ずいぶん危ないことを支持するのですねえ。ふふ」


 バカみたいなことを言うレジーナもだが、それに笑って答えるミスティリアさんもちょっとおかしかった。俺たちのことが見えていない様子で、むちゃくちゃやっては笑っている。


 ……が、危なっかしいことをすれば失敗するリスクもある。


「ぴゃっ!?」


 甲高い悲鳴を上げて、ミスティリアさんが玉座の座面に顔面から落ちた。どうやら背面の上に立った時に足を滑らせたらしい。どごっ、と鈍い音が響き、残響が残る中ミスティリアさんが可愛い呻き声をあげる。


「うう……失敗したわ」

『くはは、今のは傑作だったぞ』

「むう……」


 唇を尖らせてレジーナに抗議し、玉座に座りなおす。そしてようやく俺たちの方へ再び視線を移し、


「あ、ああ、その、わ、忘れてくれるかしら……?」


 ぼんっ、と擬音が聞こえるぐらい瞬間的に顔を真っ赤に染め上げ、ミスティリアさんは両手で顔を隠した。


 今のを忘れるのは難しいんじゃないかなあ。そう思ったが、言わないでおいた。


     🐉


 その後、何回か登っては降りてを繰り返したが、何度試してもあの玉座の間にたどり着いた。アスカはちょっとだけ釈然としない様子だったが、また別の町で迷宮に入ろうと言って収めた。


 町に戻ってからは別行動で店を巡った。レジーナとニアはナッツと果物を利用したお菓子をいくつか買い、アスカは簡単なおもちゃを買っていた。


 俺は書店に寄って、気になった魔法の本をいくつか手に入れた。エルフは魔法に優れているという話を聞いていたので、質の高いものがあるんじゃないかと睨んでいたが、当たりだった。


 各々で買い物を済ませ、宿で集合し夕食をとる。少し早いがもうそろそろ出発しようかという話をしていると、外がにわかに騒がしくなり始めた。


『む、なんじゃ?』


 レジーナが窓から外を覗く。その目が、驚愕に大きく見開かれた。


「なんだ、なんかあったのか?」


 声をかけたが、返事は返ってこない。俺たちはレジーナの横に並んで、同じく外を見る。──そして、俺たちはレジーナと同じ反応をせざるを得なかった。




「森が……燃えてる……?」


 ニアの呟きは、突如響いた破壊音に掻き消された。

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