第37話 欲望をうっかり漏らしたら彼女にいっぱい甘やかされた
俺の服選びは失敗に終わり、俺たちはもと来た道を戻っていた。空はまだ明るく、木々の隙間から差す陽光が大地を照らす。
今日はそんなに体力を使うことをしていないはずなのに、さっきの一件でものすごい疲れが溜まってしまった。足取りがおぼつかなくなって、時折小石にすら躓いて転びそうになる。
途中からニアが肩を貸してくれて、俺はそれに甘えて歩く。憔悴した俺の気持ちを知ってか知らずか、レジーナが声をかけてきた。
『そんなに落ち込まぬでも良いじゃろう』
「んなこと言ったってなあ、あれはきついよ」
格好いいと言われたくて仕方がないのに、実際かけられる言葉は「可愛い」ばっかりなのだ。それを助長するようなアレは、俺にとってしんど過ぎた。それに、女性用の服を着せられるのは単純に気恥ずかしい。
あんまり思い出したくはないなあ、と小石を蹴り飛ばす。
「四回目のところで私が妥協しておけばよかったかしら……」
「ニアは妥協云々の前に、俺に着せる服って言ってウェディングドレスとか引っ張ってくるのがおかしいって気づいて」
「だって着てほしかったんだもん」
「ダメだ、手に負えん」
「クロノさんもそうですけど、ニアさんも結構すごいんですね」
「気づくのが遅いし、乗っかってた君が言えることじゃないぞ?」
好き勝手言う二人に、俺は半ば適当に言い返す。レジーナだけでも結構大変だったのだが、振り回してくるのがさらに二人増えたせいで俺はかなり弱っていた。
アスカはともかく、ニアはどうしてこうなってしまったんだろう。俺が一度いなくなったショックのせいか。それとも、彼女の本性は実はこっちだったんだろうか?
「……ニアに膝枕されて甘やかされたい」
ぼんやりと頭に浮かんだ願望が、そのまま口に出てしまった。俺は慌てて口を抑え、ニアの様子を窺う。
彼女は一瞬きょとんとした後、以前よく見た柔和な笑顔で「宿に戻ったらいっぱいしてあげる」と囁いた。ふわりと耳を撫でる吐息がくすぐったくて、俺は小さく身震いする。
「楽しみにしてるよ」
「耳かきはいる?」
「いいの?」
「それぐらいお安い御用よ」
優しく笑いかけてくれるニアが愛おしくなって、衝動的に唇を重ねた。その場で立ち止まり、軽いバードキスを何度も、何度も。
やっぱりニアは、優しく微笑んでいるのが一番似合う。レジーナとけんかしている時とも、俺を襲った時とも違う、この顔が大好きだ。
『いきなり二人の世界に入でない』
呆れたようなレジーナの声で我に返る。俺は人前でやってしまったことに少し恥ずかしくなって、赤くなった顔を隠すようにそむけた。
対するニアは堂々としたものだ。魔法学校に通っていた時もそうだったが、あれだけ周囲に見せびらかせるメンタルがすごい。恥ずかしくないのかと聞くと、何が恥ずかしいのと返された。
カップルなんだからイチャイチャするのは当然、ということらしい。それに加えて、俺のことが好きだから、ともはっきり言ってくれた。
「ありがとう、嬉しいよ」
ニアの肩に頭を預ける。彼女は俺の頭を撫でて、屈託のない笑みを返してくれた。
🐉
その後町に戻り、昼食代わりのフルーツを買って食べた後服飾店に向かった。そこでのニアは屋敷での暴走ぶりとは一転して、めちゃくちゃ丁寧に選んでくれた。
俺も一緒にあれこれ試し、最終的に深い緑のシャツに決まった。これで胸のところに穴の開いたシャツとはおさらばだ。
『外套を捨てただけでこうも変わるとはの』
「そこツッコんだらおしまいだよ」
追加で買ったらしいフルーツを齧りながら、レジーナが俺の服の裾を触る。良い手触りじゃ、とこぼす彼女に、俺は突如浮かんだ疑問を投げかけた。
「そういえば、なんであの屋敷には男性用の服がなかったんだ?」
考えてみればおかしな話だ。あの屋敷の所有者がミスティリアさんだとしても、男性が全くいないわけではないだろう。現にベルガーがいた。レイだって彼女の傍にいる。
しかし、男が着る服はないと言われたのだ。あの口ぶりからして、本当に一着もないのだろう。どういうわけなのか?
レジーナは、なんだそんなことかと言わんばかりの表情で、さらっと答えた。
『あれの夫は別の場所に住んでおって、あの屋敷におるおのこは皆一着かそこらしか持っておらぬでな』
話によれば、どうやらエルフが住まう森は他にもいくつかあって、ミスティリアさんの夫は別の森の長として生活しているのだとか。それでいいのかと思わなくもなかったが、まあ特別な事情があるのだろうと思い黙っていた。
そんな話をしつつ歩いていると、宿に戻ってきていた。空はだんだんと赤くなり、夜が迫っていることを教えてくれる。
レジーナを先頭に宿の玄関を開くと、中からラナの元気な声が聞こえてきた。
「お帰りなさい!」
ロビーのカウンターから身を乗り出して、ラナが無邪気に笑う。俺と目が合った時は顔に妙な感情が見え隠れしたが、昨晩や今朝のようにボロクソ言ってくることはなかった。
夕食は三十分後に、と彼女から連絡を受けた後、部屋に戻ってベッドに飛び込む。相変わらずこの宿のベッドはふかふかもふもふで、疲れ切った俺のことを柔らかく受け止めてくれた。
「クロノ、こっち」
ベッドの恥の方で声が聞こえた。ニアが腰かけ、膝を手で叩いている。
俺はベッドの上を転がって移動し、ニアの膝に頭を預けた。優しい彼女の体温に包まれ、そこから疲れがすっと取れていく気さえする。
「ふふ、懐かしいわね」
俺の頭を撫でるニアが、ふと呟く。
確かにそうだ。俺がヴェナム遺跡で落ちて、こうやって再開するまで、結構な時間がたった。その間はこうやって話をすることすらできなかったのだ。膝枕なんてしてもらったのは落ちた一週間前が最後だから、もっとたっている。
こうやって、再びニアと二人きりでゆったりした時を過ごせるのは、俺にとって何よりも嬉しいことだ。
「じゃあ、右の耳見せて」
ニアがいつの間にか耳かきを手に持っていた。俺はニアのお腹の側に頭を向ける。
すらっと綺麗にくびれたニアの綺麗な肌が、俺の視界いっぱいに広がった。今の彼女は露出の多い格好をしていて、包容力と共に艶めかしい空気も纏っている。
俺が顔をうずめると、ニアがくすぐったそうに身をよじった。
「そんなことされたら集中できないじゃん、もう」
指で側頭部をつつかれた。俺は、ごめんねと言って顔を離す。ちょっとしたいたずらだった。
「甘えちゃって、可愛いんだから」
「だから、可愛いって言わないでよ」
「良いでしょ、本当のことなんだもん」
恥ずかしいの、という俺の抗議を無視して、ニアは鼻歌を歌いながら耳かきを始める。彼女の手つきはすごく丁寧で、優しくて、心地よかった。
片方が終わったら、もう片方。左耳を上にして、そっちもやってもらう。ニアに優しく話しかけられながら耳かきもしてもらっていると、強烈な睡魔が襲ってきた。
「もう寝ちゃいそう」
「ゆっくり寝てていいよ、起きるまで膝貸してあげる」
ニアがポンポンと俺の頭を叩く。俺は彼女に身を預け、ゆっくりと眠りに落ちた。
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