第36話 やりたい放題なファッションショー(女装)

 案内されたのは、屋敷の奥の方にある小さな一室で、そこには様々な物に混ざって大量の服が所狭しと並べられていた。派手なドレスから動きやすそうな軽装まで、種類も様々。


 だが、これは全部女性ものだ。俺が着るものではない。


「一応、念のために聞きますけど……本当に男用のものはないんですか?」

「ないです」


 俺の問いに対し、カイザーは一切の感情が見えない声で答えた。入口の横で直立不動な彼は、俺が助けを求めようとした瞬間「陛下にここへ向かうようお伝えしてまいります、どうぞご自由に」と一礼してそそくさと出ていった。


 肩を落として、後ろを見る。アスカは綺麗な服が大量にあって興奮しているのか、一つ一つ手に取り自分の体に当てては目を輝かせている。


 そして、アスカは時折俺をじっと見つめながら、真剣な表情で服をとる。一着、二着、三着、四着、見る見るうちに彼女の腕はカラフルな布でいっぱいになった。


 ニアが、丁寧に保管されている服をすべて一通り見終えた。俺に向けられた顔にはだらしない笑顔が張り付き、目にはハートが浮かんでいる。時折変な笑い声も出していた。


 尋常でない雰囲気に気圧されて数歩下がったが、すぐに部屋の隅へと追い詰められた。両腕に抱えていた服をその場におろすと、俺の服に手をかけてきた。


「じゃあ、さっそく始めようか、クロノ♡」


 視界を埋め尽くす彼女の顔。平時だったら嬉しいものだったはずが、今はひどく怖かった。


「ま、町に戻ったときに服飾店で買うのは」

「ダーメ♡」


 がっちりと肩をつかまれ、俺は抵抗が不可能だと悟った。できることはただ一つ。少しでも男っぽいものを選ぶしかない。


 アスカが可愛らしいリボンがあしらわれたシャツを片手に、俺たちを見つめて「クロノさんがさらなる変態に……」と呟いたのが聞こえた。


     🐉


 最初に着せられたのは、グレーのオーバーオールにライトブルーの長袖ニットシャツ。少しダボっとしたサイズで、左肩の紐が腕の方に垂れてしまっている。


 そして、頭にはくすんだ緑色のキャスケットをのせられた。どこに置いてあったのかアスカが持ってきて「似合うかもしれません」と俺に渡してきたのだ。


 じっさい鏡で見てみると、まあ悪くはない。ギリギリ許容範囲内だ。結構動きやすいというのもポイントが高い。だが、これには一つ欠点があった。


「ちょっと暑すぎるなあ」


 服をつまんでパタパタと風を通し、呟く。額には汗が滲み、服の中に熱がこもって結構苦しかった。


「えー、そうかなあ?」

「着てみればいいじゃんか、これは暑いって」

「クロノが着るからいいの、私が着ても可愛くないから」


 そんなことを言うニアだが、俺より何倍も可愛く着こなせる気がする。いや、絶対に俺より可愛くなる。


 とはいっても、彼女はここの服に着替える気はさらさらないらしい。名残惜しそうに俺の全身を嘗め回すように見て、ため息を一つ。


「次の服着てみようか」


     🐉


 次に着せられたのは、しっかりした布を使ったメイド服だった。足がすっぽりと隠れるほど丈が長い黒のワンピースの上に、フリル付きの大きな白いエプロン。頭にはエプロンと同じ白のカチューシャを付けた。


「これはダメでしょ」

「メイドさんになったクロノ、可愛いわね♡ 『ご奉仕します』って言ってみてよ♡」

「嫌だよ!?」


 ニアの顔がひどいことになっていた。これにしようと言い出す彼女を制し、大急ぎで脱ぐ。このメイド服はアスカが着たいと言い出したが、丈が合わなくてダメだった。


     🐉


 三着目は、ピンク色のキャミソールにホットパンツだ。キャミソールはかなり薄手でおなかが丸出しになるぐらい丈が短く、胸元も若干透けている感じ。首には茶色のベルト型チョーカーをつけられた。


「さっきよりひどい」

「これが男の娘ってやつ? やっぱりクロノは可愛いね♡」

「いや違うから。あと可愛いって言わないでくれ、頼む」

「クロノさんがボーイッシュな女の子になっちゃいました! すごいです!」

「なってないからね?」


 最初乗り気だったのはニアだけだったのに、気が付けばアスカも目をキラキラさせて俺の服選びに注目している。俺は早く終わることを祈りつつも、横にうずたかく積まれた服を見てまだまだかかることを悟っていた。


 せめてカイザーとレジーナが来る前には終わらせたいが。そう考えた瞬間、ドアがキイッと音を立てて開いた。


「おや、お似合いですな」

「…………」


 カイザーだった。完全なる無表情で扉の横に立ち、じいっと見つめてくる。

 このあられもない格好を見られた、というのがものすごく恥ずかしくて、俺は思わずしゃがみこんで顔を膝にうずめた。


     🐉


 次は、白い薄手のシャツとベージュ色のズボン。シャツは前を大きくはだけさせ、袖は肘までまくられた。足首のあたりがぐっと広くなっていて、靴がすっぽり隠れるような形のズボンだった。


 チョーカーは引き続きつけたままである。


「うーん……悪くはないけど、これ胸元開けとかなきゃダメなの?」

「当たり前でしょ! それがあるからいいんじゃないの!」

「そうですよ! ニアさんの言う通りです」


 二人は鼻息荒くして俺の言葉に反論する。アスカは散々俺の事を変態と言ってきたが、実は同類なんじゃないかと思えた。


「胸元閉められないんじゃ嫌だなあ」

「じゃあ次の服着てみようか」

「即答かよ」


     🐉


 次。純白のレースでできたウェディングドレス。


「なんでこれを候補に入れた!?」

「着せたかったから」

「まかり間違っても俺が着るようなもんじゃないぞ!?」

「えー、いいじゃん。可愛い花嫁姿のクロノ、私見たいな」

「着たくない」

「見たいなあ」

「……」

「見たいなあ?」


 結局圧に負けて着てみた。胸の部分がブカブカだった。


     🐉


 次。スケスケのネグリジェ。


「外で着るもんじゃないんだけどなこれ!?」

「クロノ、そんなにもじもじして……誘ってるの?」

「どうしてそうなる!」

「人前でそんな大胆な……やっぱりクロノさんは変態です」

「やかましいわ!」


 さすがに断固拒否した。


     🐉


 次。オフショルダーのクリーム色のシャツに、鮮やかな青のミニスカート。右腕にはシュシュを付けられ、なぜか左足の太ももにベルトを巻かれた。


「おお、これはなかなか……決定ね」

「なんで俺に決定権がないんだ」

「あると思った?」

「ないと思ってる方がおかしいんじゃないかな!?」

「変態さんにはないものです」

「どんな理屈でそうなるんだ」


 前の二つに比べたらよっぽどまともだが、やっぱり女の子過ぎて恥ずかしい。……ただ、どうしてか「悪くはないかな」とか思っている自分がいるのも否定はできなかった。


     🐉


 盛大に精神力と体力を削られる服選びは、何十分も続いた。結局俺が納得できる服はひとつもなく、あったとしてもニアとアスカのこだわりが強すぎてダメになった。


 どんよりとした空気を背負って、ニアが服を元の場所に片付ける。アスカは途中で持ってきた帽子やチョーカーなどを運んでいた。


「レジーナに見られなくてよかった」


 法とため息をついて呟く。が、そんな俺のささやかな心の平穏をぶち壊す声が一つ。


「え? レジーナさんなら途中からずっと見てましたよ?」

「えっ」

「ベルガーさんが戻ってきたときミスティリアさんと一緒に部屋に入ってきてました」


 アスカの言葉に冷や汗をかきながら、俺はバッと後ろを振り向く。

 いた。壁に寄りかかって腕くみしながら笑っていた。


『素晴らしいものを見せてもらったぞ、クロノ』


 絶対に見られたくない奴に見られてしまった。しかも、ベルガーが戻ってきたころと言ったらかなり最初の方じゃなかったか。


「…………消えたい」


 全身から力が抜け、床に手をついて震えながら呟いた。恥ずかしさで気がおかしくなりそうだった。

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