第34話 いきなりとんでもない人物に会うことになった
「……うっ」
「あぁ……もしかして、毎日これなの……?」
『……おそらくは、な』
「うへぇ」
夕食を食べ始めて、どれぐらいの時間が経っただろう。俺はサラダの四割を腹に収めたあたりで限界を迎え、移動の最中に食べるはずの干し肉と一緒にどうにか食べ進めていた。
レジーナは嫌々ながらもそのまま食べて、今カットフルーツの最後の一つを口に入れたところだ。ニアとアスカは俺よりも早くギブアップして、俺と同じように干し肉を食べている。
「エルフが住まう土地はやたら美化されてて、くる前は憧れもちょっとだけあったけど……できれば早めに離れたいわ」
「同感です」
さっきから愚痴が止まらない。なまじ量が多いので、楽しいはずの食事は一転して拷問と化していた。
干し肉万歳。干し肉様様である。
葉っぱと肉ををもしゃもしゃしながら、俺はレジーナに聞いた。
「ここに来たいって言ったのはレジーナだけど、なんの用事があるの?」
実は、俺やニア、アスカはここに来た目的を知らない。レジーナが言い出して、俺がそれに賛同したのはいいが、その理由はずっとはぐらかされてきたのだ。
俺の質問を受けて、レジーナがにいっと歯を剥き出しに笑う。
『秘密じゃ』
「なんでだよ、流石にそろそろ教えてくれたっていいじゃんか」
『ちょっとしたサプライズじゃよ。時期にわかる』
目的地に来たにも関わらず、教えてはくれなかった。レジーナは『早くて明日の昼頃、遅くとも三日以内にはくるであろうな』と言い残して、ちょうど食べ終わった俺たちの食器を持って部屋を出ていく。
門番に耳打ちした時のエルフの反応とかからして、ここのお偉いさんと会うとかだろうか? エルフも長寿だというから、レジーナの知り合いがいてもおかしくない。
「あの古龍、ずいぶんとめんどくさいわね」
「そ、そんな辛辣な……すこし難しい人ではありますけど」
若干やつれ気味なニアとアスカが、水筒を呷りながらつぶやく。散々な言われようだったが、俺もしばらく付き合ってきて同じように感じることが多々あったので、黙って聞いていた。
しばらく無言が続いたが、ニアがふと俺の胸元に視線を向けて、明日は服を買いに行かなきゃね、と言った。
「その穴の空いた服で過ごすのも嫌でしょ?」
「そうだね、早めに替えのが欲しい」
再びの沈黙。俺たちは何もすることがなく、眠気も襲ってきたため、レジーナが戻ってきたタイミングでベッドに潜った。なんの素材を使っているのか、布団はかなりさらさらと心地よい手触りで、寝心地も抜群。
優しく温かく包み込まれるような感覚はすぐに俺たちを夢の世界へと誘った。
🐉
ちゅんちゅんと小鳥の囀る声が、どこからか聞こえてくる。柔らかい朝の日差しが室内を満すなか、俺はゆっくりと寝返りを打った。
生まれてこのかたこんなに心地の良いベッドは初めてだった。深く沈み込むマットレス、重さを感じさせない布団、滑らかな肌触り、木の香りなど全てが完璧だった。
あわよくばこのままずっと寝ていたい。そうまで思える。
……だがしかし。
“おはようございまーす!!”
ドンドンと部屋のドアが強くノックされる。無粋極まりないその声に眉を顰め、俺は布団を押し退けて顔を出した。
「あ、変態さん! おはようございます!」
「…………ああ、おはよう」
ドアを開け、目があった瞬間、引き攣った笑みを向けられる。俺たちの快適な朝に水を差したラナは、俺にぽいと手紙を渡して「ごゆっくりお過ごしください、変態さん」と言い残し去っていった。
さん付けになったもののやっぱり俺は『変態』の烙印を押されたままらしい。眠りを妨げた大声に続き俺の心を濁したラナに若干の恨みを抱きつつ、手渡された封筒に目を向けた。
それは薄緑の小さなもので、流れるような美しい線で見たことのない文字が書かれていた。裏側には金色の封蝋が施され、その印璽はかなり複雑なものだ。
エルフに関してほとんど何も知らない俺では、それが何を表しているのか、誰のシンボルかもわからない。
ベッドの方に戻ると、他の三人も布団から出ていた。一様に少し不機嫌そうで、ニアなんかは「朝から迷惑なのよ、ほんと」と悪態をついている。
『む、もうきたか』
レジーナが俺の手の中の封筒を見て言った。それを手渡すと慣れた手つきで封を開け、中から一枚の折り畳まれた紙を取り出す。横から覗き込んでみると、やはり封筒に書かれていたような細い字が並んでいて、レジーナはそれをするすると読み進める。
「何が書いてあるの、これ」
『ちょっとしたお誘いじゃ。家にこいとな』
「誰から?」
レジーナはスッと立ち上がり、『行くぞ』とドアのほうへ向かう。俺たちは慌ててその後を追った。
『今から会いにゆくのは、かつてエルフの国を収めておった女王じゃ』
弾むように明るい声が、俺たちの耳に届いた。
🐉
「元女王に会うなんて、とんでもないことになりましたね……」
アスカの震え声が、木々の隙間に反響する。俺以上に緊張している彼女は歩く姿もぎこちなく、今にも転んでしまいそうだった。
俺たちは宿を出て、レジーナに続き町の奥の方へと進んでいた。最初は家が立ち並び賑やかだったのが、段々と静かに、そしてどこか厳かな空気を帯び始めた。
「随分と先まで行くのね。勝手に来ちゃって大丈夫なの?」
ニアが不安そうに周囲を見回す。宿があったあたりと違い、周りは巨大な木々で覆われかなり暗い。見えないほどではないが、何だか恐ろしい雰囲気だった。
『向こうが招待してきたのじゃ、何も問題はあるまい?』
「あのね、あんたはともかく私たちはまだ面識ないのよ。そもそも、私たちって招待されてるの?」
『んー……されておらぬの。我だけじゃ』
しいん……、と空気が静まり返った。
「…………来ちゃダメじゃん」
『あれはそれで憤るような器ではないから、安心せい』
「そんなこと言われても──
俺の言葉は、そこでプッツリと途切れた。
いつの間にか前に伸びた手の中には、喉元に迫る矢が一本。木の棒の先を鋭く研いだような形状のそれは、先の方に光沢のある液体が塗られていた。
「今すぐこの場から失せろ、不届き者が」
頭上から、凛とした声が聞こえた。見上げると、ちょうど大木の枝の一本がぐにゃりと曲がり、俺たちの目の前に垂れてくる。その先に、一人のエルフの男が捕まっていた。
「我らが長に危害を加えようというのなら、何人たりとも許さぬぞ」
険しい表情で次の矢を番え、俺の喉を狙い澄ますエルフの男。彼は全身を濃い緑の布で覆い、目と耳だけを露出していた。
『何じゃ、おまえは相変わらず固いの』
「あなたが自由すぎるのですよ! 何故長が招待しておらぬものまで連れてきたのですか!」
『我の旅仲間じゃ。危害を加えるような者ではないから、そう気を張るでない』
「そうはいきませんよ」
レジーナと話ながらも、その目は常に俺へ向けられていた。これでは迂闊に動くこともできない。ニアやアスカと同様、俺はその場で固まり、ことが収まるのをただ待っていた。
そして、それはすぐにやってきた。
「──レイ、弓をおろしなさい」
「し、しかし!」
「おろしなさい、と言っているのです」
鈴が鳴るような声が、森全体に響く。レイと呼ばれたエルフの男は、不承不承番えた矢を外し、背中に背負っている黒い矢筒にしまう。そして、森の奥に体を向けて、ひざまづいた。
「久しぶりですね、ヴァーングルド」
『うむ、お前も変わりないようで何よりじゃ』
レジーナが返事をした直後、薄暗がりから一人の女性が現れた。白いおとなしめのドレスに身を包んだ、長身で金髪のエルフの女性だ。
彼女は俺たちを見て優しく微笑み、優雅に胸の前で手を組む。
「来てくださってありがとう。私はミスティリア・ディウスアルバールよ。よろしくね」
神秘的な空気を放つ彼女に、俺は静かに頭を下げていた。
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