第33話 エルフは俺たちと相容れない感じの種族だった

「な、なんでここにいるんですか変態! この村に変態は基本入れないはずですよ変態! というかじろじろ見ないでください変態!」

「連呼するなよ! 俺は変態じゃない!」

「他人の水浴びを覗く変態を変態と呼ぶ以外にどう呼べばいいんですかこの変態!」

「だから違うって!」

『……元気じゃのう』

「助けてくれよ!」


 エルフ少女による怒涛の変態コールにより、周囲にいた他のエルフたちに変な目で見られ始めた。彼女は訂正しようにも聞く耳を持たず、レジーナたちに助けを求めたが、そのうち二人はあからさまに目をそらして我関せずと無視した。


 唯一ニアが助け舟を出そうとしてくれたものの、


「私の彼氏は変態じゃないわよ!」

「サキュバスに言われて信じられると思いますか!?」


 逆効果だった。無念。


 耳の先まで真っ赤にして叫び続けているエルフ少女は、もう俺の顔も見たくないのか「出ていってください!」と睨みつけてくる。


 他に宿を知らないため出ていくのがはばかられるが、ここに居続けるとそれはまた問題になりそうな気がして、どうしようか迷っている時だった。


「ちょっと、あんたどうしたの? そんなに騒いじゃって」


 奥の部屋から、恰幅のいいエプロン姿のおばさんエルフが出てきて、エルフ少女に声をかけた。少女は「お母さん」とびっくりしたようにつぶやいた後、再び大きい声を出す。


「あ、あの変態が私の水浴びを覗いたの! ウチに泊めたら夜中あの変態に襲われちゃうかもしれないわ!」

「初対面の人に変態って、あんたちょっと失礼よそれは」

「水浴びを覗く変態が悪いでしょ!?」

「あんた、どうせまた『見られたくないわ』って川のほうまで行ってやったんでしょ。あのあたりはたまに人だって来るわよ」

「い、いつもは来ないから!」

「絶対来ないとは限らないでしょうに」


 まくし立てるエルフ少女を前に、母エルフはただ面倒くさそうに腰に手を当てた。あれこれ言ってどうにか俺を追い出そうとするエルフ少女の発言はどれも見事に反論されて、彼女は悔し気に唇を噛んだ。


 母エルフはそこにさらに追い打ちをかける。エルフ少女の耳元に顔を近づけ、何かをささやくと、見る見るうちに少女の顔が青白くなっていくではないか。最終的に恐怖心が勝ったらしい彼女は、ぎこちない声で「な、何は、泊、します、か?」と聞いてきた。


「どうする?」

『とりあえずは五日でよかろうて』

「了解。五日でお願い」


 エルフ少女の視線は相変わらず鋭く冷たかったが、横に母エルフがいるおかげかちゃんと対応してくれた。


 部屋の鍵は、母エルフが壁に取り付けられた引き出しからとって差し出してくる。その時に、呆れ半分申し訳なさ半分と言った表情で俺に話しかけてきた。


「ウチのラナがごめんなさいね。この子ったら、普段はちゃんとしてるのに男に見られるとすぐダメになっちゃうから」

「ああ、あの、自分も見ちゃったのは事実なので……」

「いいのよそのぐらい。わざとじゃないんでしょ?」

「ええ、まあ」

「なら問題ないわ。この件はこれでおしまい」


 彼女はラナの肩をつかんで、奥の部屋へと戻っていく。その時思い出したように一瞬こっちを向いて「あたしはベルって言うの。よろしくね」と言ってドアを閉めた。


 しんと静まり返ったロビーに、ドアから突き抜ける大声が響いた。俺はみんなと顔を合わせて、ロビーの中を見回し……そそくさとその場を離れた。


 入り口近くのテーブルについていたのは全員女性のエルフだった。全員もれなくとんでもない美人で、注目してもらえるのは嫌な気分にならないのだが、しかし珍獣を見るような視線はちょっと恥ずかしい。


「エルフは他種族が嫌いって聞いてたのだけど、あれを見る限りそうでもなさそうね」

『む、エルフが他種族嫌いじゃと?』


 ニアの呟きにレジーナが疑問を呈する。俺も以前聞いた話では、エルフは他種族を嫌っている(あるいは見下している)ということだったのだが。


『エルフは基本ただ人見知りなだけじゃぞ。あと、基本的に森の外では満足に戦えぬから、外に出るものがめったにおらぬのじゃ』

「……初めて聞いたわ」

『じゃろうな。弱点を知られるのはエルフにとって致命的じゃ。それをカムフラージュするのは当然であろ』


 得意げにレジーナが語る。それが事実だとすれば、確かに知られてしまうと侵略されるリスクが格段に高くなるな、と軽くうなずいた。


 要するに、エルフは森を焼いたら勝てる、ということだ。おそらく。いや試す気はないが、理屈としてはそうなる。


 ……山火事起きたらどうするのさ?


「町に入ってから一度も火を使っているところを見なかったのは、そのせいなのでしょうか?」

『よくわかったの、アスカ。エルフは森が傷つくのをひどく恐れる。その最たるものが火であるから、彼らは決して火を使わぬのじゃ』


 やっぱり森が燃えたらヤバいのか。思えば、ラナと川辺で対面したときは枝に殴られたんだった。エルフは木々を操る術に長けているとか、そんなところだろう。


 室内の照明はどうしているのかというと、火は使えないかわりに精霊に頼んで明かりを生み出してもらっているらしい。


「なんだか大変そうだね」


 苦笑しつつ呟き、ドアを開ける。木のドアの向こうにあったのは、やはり何もかもが木でできた薄茶色一色の部屋だった。


「火を使わないのはわかったけど、石すら使わないのね」


 ニアの不満そうな言葉に、俺はつくづく大変そうな種族だなあとため息をついた。


     🐉


 さて、大きめのベッドが二つある部屋でくつろいでいると、すぐに夕食の時間となった。この宿もベルガーで泊まった『妖園亭ゆうえんてい』同様、部屋に持ってきてくれるタイプだったのだが……。


「夕食でございます」

「……あ。、ありがとうございます」


 宿のスタッフのエルフが持ってきてくれた食事に、思わず顔をしかめそうになった。


 部屋に戻ってテーブルに並べると、やはりみんなも一様に眉を顰め、俺を見つめてきた。


「……ねえ、クロノ」

「…………何?」

「これ、本気で言ってる?」

「うん」


 三つの器に分けられた夕食は、それぞれグリーンサラダ、カットフルーツ、そして野菜と果物の汁を混ぜたスープもどき。


 そう、あまりに偏り過ぎなのである。


『エルフは菜食主義を極めたような種族じゃから、基本植物しか食わぬからの。これについては諦めるほかあるまい』

「噓でしょ……」


 宿の食事を楽しみにしていた身としては、あまりに虚しい話である。


 文句を言っていても仕方がない。俺は木のフォークを使ってサラダをとり、一口。


「……味付けが、ない」


 なるほど確かに、新鮮でシャキシャキの野菜たちはそれだけでも美味しい。だが、それだけである。ドレッシングの味も、ほんの少しの塩気もない。


 そこにあるのは、野菜そのままの味ただそれだけだった。


「……塩が、欲しい」


 俺の呟きに、全員が深くうなずいた。

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