第31話 彼女に絞られエルフに殴られ

 予想だにしなかったハプニングもどうにか収まったあと、日も暮れそうだったので、俺たちはその場で火を焚いてテントを立てた。


 ちなみに例の男たちは昨晩からニアに操られていたらしく、目を覚ますや否や慌ててこっちに頭を下げて街に逃げ帰った。実は最初俺たちがギルドを訪れた時、胡散臭い見た目だから手を出すんじゃないかと疑っていたらしいが。


 カズナさんはあんな破天荒な性格だが、町の人にはかなり慕われているらしかった。そして、全身真っ黒な今の格好が胡散臭いと思われているという、知りたくもない事実も知ってしまった。


「まあ、ちょっと訳ありなのかなって思う外見だよね」

「……ニア、もしかしてまだ怒ってる?」

「そんなことないわよ?」

「本当かなあ」


 焚き火を囲み、レジーナとニアの手持ちにあった肉を焼いて食べる。新鮮な生肉をどこに保管していたのかと聞いてみたら、意味深な笑みを返されたので追求はしなかった。


 肉を頬張るニアはわざとらしく冷めた目で俺を見つめてくる。これは以前何度か経験があった。ニアが俺に何かを要求してくる時の目だ。


「……俺は何をすればいいんだ?」

「次の町に着いたらクロノの服を選ばせて」


 思っていたよりも簡単なお願い事だったので、思わず「それでいいの?」と聞き返してしまった。ニアは肉を噛みながら頷く。


 それで満足するならいいかと話を止めたが、俯いたニアの方から不気味な笑い声が聞こえてきて、ほんの少しだけ不安になった。


 夕食をとったら火を消して、すぐにテントに入った。二つのうち一つがレジーナとアスカ、もう一つが俺とニア。当初は今まで通りレジーナと俺が同じテントで寝て、ニアとアスカが別のテントの予定だったのだが、俺がニアと二人の時間が欲しいと言ったのでこうなった。


 見張りは前半がレジーナ、後半がニアという形になった。アスカにやらせるわけにはいかず、俺も「やらなくていいから」と止められた。

 

「ふふ、前みたいにお泊りもいいけど、こういうのも楽しいね」

「そうだね。まあ、俺はニアと一緒ならなんでも楽しいよ」

「もう、すぐそうやって甘い言葉吐くんだから」

「本心だけど?」

「そう? 私もクロノと一緒なら、ね」


 横になって、片手を繋ぎ見つめ合う。一時はニアが心配で仕方なかったが、こうやって再会できて何よりだ。


 頬がほんのり赤く色づいたニアは、俺にだけ見せてくれる柔らかい笑みを浮かべて、しきりに「大好きだよ」と囁いてくる。俺もそれに応えるように「俺も、愛してるよ」と返し、軽く唇を重ねた。


 しばらくそうやってニアとのイチャイチャを満喫していたのだが、不意に放たれた一言で思考が止まった。


「そういえば、さ。何日ご無沙汰なの?」

「えっ」

「クロノ、すごいんだもん。ずっと溜め込んでるみたいな匂い」


 小悪魔のような笑みで顔を真っ赤に染め、俺の下半身に視線を向けるニア。半ば無意識で反応していたことに今更気づき、手で隠そうとするが腕を掴まれて阻まれた。


 彼女はそのまま俺の首筋に顔を埋め、呟いた。


「本当は、クロノがあの古龍としてないのは知ってたんだ。たぶん、向こうも一線越える気はないっていうのもわかるの」

「…………じゃあ」

「うふふ、今はその気がないにしても、今後どうなるかわからないでしょ? それに、クロノも限界みたいだし……」


 ニアはハアハアと息を荒げ、目にはハートが浮かんでいる。両肩をがっちりと押さえつけられて、抵抗は不可能だと悟った。


「そもそも、こんな強烈な匂いを嗅がされて我慢できるわけがないの。サキュバスなんだもん、しかたないよね……今夜は目一杯楽しもう?」

「ちょ、まって」

「問答無用♡」


 ニアが細長い尻尾を揺らしながら服を脱ぐ。彼女の全身が露わになると、今度は俺が細い腕からは予測もできないような力で服をひん剥かれ、そして──。


     🐉


『恋仲の男女じゃ、そういうことをするのはわかる。しかしの、すべきことをほったらかして耽るのはダメじゃろ』

「…………」

『それに、声が大きすぎじゃ。アスカが起きて覗いたらどうするつもりか?』

「…………ふん!」


 ニアの肩越しに、二人が言い合っている姿を見る。現在俺たちは森の目の前に来ており、俺はまともに歩けないためニアにおぶられていた。


 ……昨晩は、なんというか、すごかった。すごすぎて腰が抜けたし、全身が痛いし、体重がかなり落ちた、気がする。ニア曰く「一日立てば治る」らしいが、そうは言ってもこの痛みは耐え難いものがあった。


『しかし、あれでクロノが死なずに済んだことも驚きじゃの』

「わ、私だって加減ぐらいはできるわよ!」

『あれは明らかに手心加えておらぬ声であったぞ』

「……うううっ」


 なんだか恐ろしいことが聞こえた気がする。もしかして、死んでたかもしれないのか……?


「ク、クロノはそんな簡単に死なないもん」

『それはそうかもしれぬがの……』


 ニアに絞り殺される未来を想像して背筋がぞわっとした。二人から視線を逸らし、歩く先にある森を眺めていると、アスカが控えめな声で一言。


「……クロノさんの変態」

「昨晩のは俺のせいじゃないぞ?」

「何言ってるの、あんなに匂い振り撒いて誘ってきたのはクロノじゃない!」

「そんなつもりはなかったし最初に手を出したのはニアじゃないか」


 ぎゃあぎゃあと騒ぎながら、森の中へ入っていく。森の中にはちょうど馬車一台なら通れるぐらいの一本道があり、頭上は枝葉が密集しているにもかかわらず非常に明るかった。


 このあたりは丘になっているのだろう、勾配の緩い曲がりくねった道を進む。最初は好奇心が勝ってハイキングを楽しんでいた俺たちは、いつまでたっても景色が変わらないため次第に口数が減り始めた。


「うう……疲れました」

『そうじゃのう、我も腹が空いてきた。ここで一度休息をとろうか』


 レジーナの提案にみんな一も二もなく賛同し、ニアが見つけたすぐそばの小川で休むことになった。適当な木の傍に腰を下ろして、保存食をかじり仮眠をとる。


 ただ、ずっと歩き続けていた三人と違い俺は体力が余っていたので(おぶられている間に少し回復した)、念のための見張りをすることにした。


 とはいえ、仮眠をとる前にレジーナが何かしたらしく、森は異様なほど静かだった。聞こえるのは葉擦れの音と水音のみで、何かが近づく気配は微塵もない。


 十分ぐらいそうしているうちに、陽気に当てられて眠くなってきた。問題なさそうだし、まだ体調は万全じゃないから俺も仮眠をとろうか──そう思って木の幹に体中を預けたときだった。




 ……ガサガサッ、と音が聞こえた。俺は閉じかけていた目を開き、周囲を観察する。音は上流から聞こえた。


 音を立てないよう慎重に川をさかのぼる。川は大きく弧を描くように流れていて、先の方は木で隠れていた。


 一分ほど歩いて、今度は水が跳ねる音が聞こえた。かなり近い。俺は一層慎重に歩を進め……。


「……え?」

「あ……」


 全裸で水浴びする美少女と鉢合わせた。


 薄い金色の長髪を手で梳かしているところだった。彼女はあどけなさの残る顔立ちで、大きく丸い瞳は爽やかな緑をしている。耳が長くとがっているのでおそらくエルフだろう。すらっとした体形で、とても可愛らしい。


 どう弁明しようかと考えているうちに、呆けた顔でこちらを見る少女は見る見るうちに顔を赤くし、片手で体を隠してもう片方の手をこちらに向けた。


「へ、変態っ!」

「ぐぼおっ!?」


 少女が叫んだ直後、周囲の木の枝が一斉に動き出す。俺はその枝に殴られて、体が宙を舞う感覚を最後に気を失った。

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