第25話 旅の仲間が一人増えたらひどい目に遭った
「ちょっと、アスカ! どこ行ってたのよ? もしかして悪い人に誘拐されたんじゃないかって心配してたのよ?」
宿のロビーにカズナの甲高い声が響く。日も暮れつつあるところでようやく宿に戻り、アスカと共に中へ入ったときの彼女の第一声だった。
外から見えた彼女はかなりそわそわしていた。アスカがどこに行ったのかわからず不安で仕方なかったんだろう。
ひとしきりアスカを構ってある程度落ち着きを取り戻したカズナは、俺たちに顔を向けてきっと睨みつけてきた。
「もしかして、お客さんたちが連れてったの? ねえ、どうなのよ」
「い、いや……違いますよ。途中で偶然行き会って、そのまま戻ってきたんです」
『そもそも、アスカをどうにかしようという動機も持っておらぬぞ』
「そう、ね……。それなら良かったわ。疑ってごめんなさいね」
カズナは明らかにいつもの元気がなかった。アスカがいなくなったのがよっぽど堪えたのか。
実の娘がいきなりいなくなったら、心労で疲弊するのは自明だ。ここは一旦部屋に戻って、二人きりにしてやったほうがよいだろうな。
俺はレジーナに目くばせして、こそこそとその場を離れる。
「外泊するなら最初にそう言いなさい!」
何をしていたか聞いたらしいカズナの絶叫が背後から聞こえて、アスカの無事を祈った。
🐉
部屋に戻ったらすぐ一眠りして、気が付けば外はすっかり暗くなっていて、テーブルの上には冷めた夕飯が置かれていた。
そして、俺の横には人影が二つ。
『……む、起きたかクロノ』
「おはようございます」
レジーナとアスカだ。
「……なんでいるの?」
「私が来たかったからです。特に深い理由はありません」
『……』
笑顔で俺の夕食をつまみ食いするアスカに対して、レジーナはちょっと複雑な表情をしていた。
何かあったのかと聞いてみたが、どうもはっきりしない。お腹もすいているし、とりあえず食べるかと席について手を伸ばし、
「私、お二人の旅に同行したいです」
「ぶふっ!?」
『……はあ』
盛大にむせた。喉が痛い。
……レジーナが妙な様子だった原因はこれか。ちょっと唐突過ぎて困惑するわ、これは。
俺たちの内心も露知らず、アスカが語る。
「昨日、クロノさんがお酒で倒れちゃったあと、レジーナさんから話を聞いたんですよ。いろんなところを旅して回っているって。私もいつか世界を旅したいと思っていて、クロノさんたちと一緒に旅したらきっと楽しいなって思ったんです!」
前のめりになりながらそう語る彼女の目は、爛々と輝いていた。彼女の中では俺たちに同行するのは確定事項らしい。
旅の仲間が増えるのはいいが、諸々の準備は大丈夫なんだろうか。聞いてみれば、どうやら全部大丈夫らしい。食費等に関しても、レジーナ曰く『アスカはかなり強いから何とかなるじゃろ』とのことで。
「そもそも、カズナさんの許可は貰ってるの?」
「貰ってます! 昨日見たことを話したら許してくれました!」
さらに、追い打ちをかけるように「学校とかの問題はないです!」と言われた。
つまるところ、俺が「嫌だ」とか言わない限り彼女は同行することになるわけだ。俺としても断る理由はないから良いのだが……。
「……レジーナ」
『なんじゃ?』
「アスカの前では控えてくれよな」
『む……何のことかわからぬの。具体的に言うてみ』
思いっきりにやけて、わざとらしく聞いてくる。完全に俺のことを弄り倒す気だ。
アスカは今のやり取りで何を勘違いしたのか「あ、あの、知識はあるので……私も、大丈夫ですよ?」と顔を赤らめている。何が大丈夫だ、俺はニア一筋だぞ。
そんなことを思っているうちに、レジーナが思わせぶりなことを言ってアスカを弄びはじめた。いちいち大げさな反応をするから楽しいんだろう、会話はどんどん変な方向へ転がっていく。
これは収拾がつかないな。まだ疲れもちゃんと取れていないし、さっさと寝てしまおう。
俺は最後に残った一口を飲み込んで、すぐにベッドに潜り込んだ。意識がなくなるまで、会話はエスカレートする一方だった。
🐉
そんなことがありつつも、概ね問題なく日々は過ぎた。お金のためにお祭り前日までぎっちり仕事を入れて、それ以外の時間はレジーナにさんざん弄られて、めっちゃ疲れたけど、問題なく日々は過ぎた。
「…………うう」
『膝枕でもするか?』
「……いらない」
『胸でも良いぞ?』
「よくない」
問題しかなかった。
仕事はまだいい。疲れはするけど、無理なことを要求されているわけではないから。
では何が問題かと言えば、まあこの通り。レジーナがウザい。ウザいという次元を通り越してもはや災害レベルだ。
ことの発端は、山から戻ってきた次の日の朝。
爽やかな朝日が射し込む部屋で朝食のパンをほおばっていた時に、思い付いたように奴が言ったのだ。
『アスカの前では過激なこともできぬのでな。今のうちに発散させてくれぬか』
俺は全力で拒否したが、奴は無視して俺の背中に胸を押し付けてきた。それどころか手を服の中に入れてきたり耳に息を吹きかけてきたり、やりたい放題だ。
レジーナの目的は『俺の反応を見て楽しむ』のみだから、一線を超得ることこそないものの……耳元で散々『可愛らしいのう』とささやかれるのは本当に苦痛だった。
なまじ女性としての魅力がすごいから、やられたあと悶々とするのもキツイ。解消する場がほとんどないから余計にダメージが大きかった。
『遠慮せず甘えてよいのだぞ?』
「遠慮じゃなくて拒絶だよ……うあぁ……疲れる」
『心外じゃのう。我は良い女だと自負しておるのだが』
「そのどうしようもない性格じゃなければな」
ベッドに突っ伏したまま会話する。外はもう日が沈み、そろそろ就寝の時間だ。
レジーナの戯れはしばらく続いたが、やがてそれも途切れ、そろそろ寝ようかと思ったところで変な声が聞こえた。
レジーナの方を見ると、自分の腕で胸を寄せていじっているところだった。俺が視線を向けるのをわかっていて、わざと見せつけてくるかのように。
慌てて目をそらしたがもう遅い。視界の端に悪魔の笑みが映った。
『やはり興味があるようじゃの? どれ、触るか?』
「頼むからやめてくれホント」
『なんじゃ、押し付けられる方が良いなら先に言えばよいものを』
「そうじゃない!」
『胸だけでは足りぬのか? まったく、素直でないの。そういうところも可愛らしいぞ』
「やめろおおおっ!!」
思わず絶叫する。だが、レジーナはそれで引っ込むほど優しくないのだ。
この調子でちゃんと疲れは取れるんだろうか。レジーナの執拗な攻めに耐えながら、俺は小さくため息をついた。
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