第26話 お祭り当日、昼間の町を散策
ふと気が付くと、外がすっかり明るくなっていた。
いつのまにか寝てしまっていたらしい。俺に密着していたレジーナはテーブルに身体を投げ出して、もしゃもしゃと朝食のパンをかじっている。
「ん……おはよう」
『んむ、起きたか。ほれ、飯じゃ』
「こっち投げて」
投げ渡されたパンを受け取り、ベッドに寝転がったままちぎって食べる。少し固めのパンは大きくて、全部食べ終わる頃にはすっかり腹がいっぱいになった。
外からは賑やかな声が聞こえてくる。本番は夕方ごろからだが、もうすでにかなりの盛り上がりだ。
「……することないし、外散策する?」
『んむ……我は構わんが、昼過ぎの方が良いのではないか』
「さんせー」
『ゆっくり休んでおれ』
「お前がもっと慎んでくれたらこんなに疲れてないんだけどな」
『酒でも飲むか?』
「飲まねえよ胡麻化すなこの野郎」
気の抜けた声でやり取りしながら、ベッドの端によって窓のふちにもたれかかる。広場に面したこの場所からは、建設されたステージの上でいちゃつくカップルやら屋台で飲み物を一つ買って二人で飲むカップルやらお互いの腰に手を回して熱いキスを交わすカップルやら、
「クソがよ」
『どうしたクロノ』
「カップルしかいねえ」
『情熱的じゃのう』
ニアがいたら俺もあんなことができたのに。
なんだか虚しくなってベッドに八つ当たりする。なんでニアは失踪したんだよもしかしたら一緒にここでイチャコラできたかもしれないじゃんか。
うだうだしているとあっという間に昼になった。ちょっと重たい瞼をこすりながら、宿の一回にある食堂に向かう。
空席の多い食堂では、食器の詰まれたトレーを片手にアスカが駆けまわっていた。
「あ、クロノさんレジーナさんこんにちは! まだ残っていらっしゃったんですね、てっきりもう外に出ていると思っていました」
「ん、おはよ……ちょっと疲れがたまっててね、外に出るのは昼過ぎからにした」
近くの席について、手持無沙汰にメニュー表を眺める。間もなくそばに来たアスカに注文して、元気よく厨房に向かう彼女の背中を見送った。
足をゆすりながら食事を待ち、やがて出てきたのは初日の夕飯に食べたものだった。蒸かした芋二つとスパイシーな焼肉、具沢山スープとカットフルーツ。持ってきたアスカは「私の手作りです」とほほ笑む。
彼女はそのまま席に着き、頬杖をついて俺を見つめる。食事の感想を求められているのか。俺はわずかに火照りそうなのをごまかすように手の甲を鼻の下に当て、そのあとスープを飲んで、一言。
「うん、おいしい」
「良かったー! 今日のスープは初めて使う山菜を入れたので、お口に合うか不安だったんですけど……」
安堵のため息をつくアスカ。彼女の弁によれば、前日山に登った際、シュテンがくれたそうだ。
確かにちょっとさっぱり感が増した気がする。ほんのわずかにあった肉の生臭さが打ち消されていて、より飲みやすく美味しい。
レジーナも気に入ったようで『町を離れる前に一度会いに行くか……』と山菜を受け取りに行く計画を立てていた。
「ごちそうさま。美味しかったよ」
「いえいえ、お粗末さまです」
お礼を言って、代金を渡す。さっきまであった疲れも、美味しい料理ですっかり吹き飛んだ。
食器を下げるのを手伝おうかと思ったが、断られる。荷物を部屋に置いてきていたので一度戻り、支度をして出る。
この宿も今晩泊まるのが最後だ。明日の夜はテントか馬車の中で寝ることになるだろう。そう思うと、少し湿っぽい気分になった。
『通りでも屋台を開いておるのだな。かなりの賑わいじゃ』
そう呟くレジーナは、以前も身に着けていた着物を着ていた。あれはレンタル品で、俺はとっくに返してしまったのだが、彼女は今日まで借りるようにしていたらしい。俺も借りに行こうかとおもったのだが、所持金を考えて断念。
人の流れに身を任せてぶらぶらと歩き、目に着いた屋台は片っ端から顔を出す。揚げ物や焼き物、炒め物といったガッツリ系の食べ物から、かわいらしいスイーツ、ちょっとした小物など、様々なものが並べられている。
昼食を食べたばかりだから食べ物はきついな……とほとんど買わずにいたが、レジーナは食べ物全部勝っていた。両手が埋まるほどの量なんて食えるのか。
『んむ、む……この鶏揚げは美味いな。クロノも食べるか?』
「腹に入らねえよ、なんであの量の昼めし食ってまだ食えるんだ」
『古龍は大食いなのでな』
肉を頬張りながら、肉料理の屋台に並ぶ。熱々の食べ物が詰まった器がまた一つ増えた。
次辺りから俺が持たされそうだな。なんとなく予想がついて、俺はため息をつく。
🐉
広場周辺を回りきったところで、もう俺の手もいっぱいいっぱいになった。もう持てない。
レジーナはずっと変わらないペースで食べている。もう腹がバカみたいに膨れ上がりそうな量を食べたはずなのだが、着物の上から見える彼女の腹はずっとスラっとしていた。
『腹が出ていたらみっともないじゃろ。我は見た目にしっかり気を遣うのじゃ』
そんなふうに堂々と言ってのける彼女だったが、脂っこいものを両手に持って頬張っているせいで壊滅的に説得力がなかった。
今俺たちは広場にあるステージの角に座っている。尋常でない量の食べ物を持っているせいか、レジーナの食いっぷりがすごいせいか、通行人の視線を集めていた。
「……もうちょっと宿で休んでても良かったかもね」
『そうじゃのう、まだ時間は余っておるし、今からでも遅くないと思うぞ』
レジーナが買った食べ物をつまみながら、豪華に飾り付けられた町を見る。大量につるされたあの赤い照明は、夜になったら一斉に輝くのだろう。どんな景色になるのか、今から楽しみで仕方がない。
……ふと、こちらに近づく人影が見えた。ピンク色の服を着て、フードをかぶり顔を隠している、子供と思しき人だった。
「ん、やっぱりいた」
その子供は、俺たちを見上げてフードを脱ぐ。出てきた顔は、目立つ特徴こそなかったもののかなり見覚えがあった。
「シュテン?」
「そうだぞ。アタシもお祭りを楽しみに来たの」
角こそなかったが、確かにシュテンだ。彼女は水色の飲み物を片手に俺の横に座った。
『毎年来ておるのか』
「当たり前でしょ。お祭りは楽しまなきゃ損よ」
ご機嫌に鼻を鳴らし、足を揺らすシュテン。その姿は年端もいかない少女にしか見えなくて、俺は無意識のうちにシュテンの頭に手を置いた。
「──~~ッ!?」
「何やってんのよ」
手に穴が空いた。
『シュテンのそれは、我のように消しておるわけではなく見えないようにしておるだけじゃから、角は生えたままじゃぞ』
レジーナの説明を聞き流し、俺は涙した。手の感覚はもはやなかった。
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