第23話 鬼娘はかわいそうな子かと思ったらド畜生だった
衝撃的な自白をしたシュテンは、真っ赤な顔で話を続ける。
「この子に会う前にも何回か町に降りたけど……全然だめよ。結構前に一回山に登ってきた男がいたけど、あれはアタシのこと化け物扱いして逃げてっちゃったし……」
シュテンが言っている男とはおそらくアラヤさんだろう。頭の中で彼とシュテンを並べてみたが、どう頑張っても夫婦ではなく親子みたいな絵面になってしまった。
……いや、そんなくだらないことは置いておいて。
「一つ聞いていいかな」
「何よ」
「鬼って他にいないの?」
口に出した瞬間、シュテンの顔がわずかに陰る。聞いちゃいけないことだったかと慌てて謝罪すべく口を開いたが、シュテンに止められた。
「……気を使わないで。変に顔色窺われる方がアタシは嫌よ」
「……」
『そんなに深刻なことが起こったのか? 長命で丈夫な鬼がこうも姿を消すなど、ただごとではないぞ?』
レジーナの呟きを、か細く肯定するシュテン。何度も口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返し、長い間の後にようやく告げられた。
「……みんなここを出ていった」
『何故じゃ』
「知らないわよ! みんな急に他人行儀になったと思ったら、数日で姿を消して……ずっと待ってるけど、一人も帰ってこないの」
悲痛な叫びに圧倒されて黙りこくる。俯いた顔を伝う涙で、その苦しさが窺い知れた。
……仮に自分が同じ状況に置かれたとして、彼女と同じように平静を装えるだろうか? 親しい人が何も言わずに去っていき、その安否がわからないとなったら、まともに暮らしていけるだろうか。
無理だ。絶対に耐えられない。ニアが行方不明になったときは本当にしんどかったが、彼女のはその比ではないのだ。第一俺の場合はレジーナが『ニアは無事だ』とはっきり言いきってくれた分、ずっと楽だったんだろう。
さっき言っていた番探しも、孤独を紛らわすためか。たった独りでいる苦しみを和らげるために……?
想像を絶する話だ。かける言葉も見つからない。どうしてそんなに過酷な運命を──
「ねえ、シュテン。ちょっとやりすぎじゃない?」
──寝ぼけた声で、現実に引き戻された。
声をあげたのはアスカだ。いつの間にかシュテンの背中から離れ、半眼でシュテンを睨みつけている。
そして、さっきまで泣いていたシュテンはと言えば、何かに怯えるように縮こまっていた。
「半年前に旅行に行っただけじゃない。お見上げのお酒が楽しみって盛り上がってたくせに……」
シュテンの肩がビクリと跳ねる。両手で顔を隠して、さらに縮こまった。
……要するに、今の悲痛な話は、全部、嘘、ってことか?
レジーナと目が合う。深い紅の瞳の奥では、静かな怒りが燃え盛っていた。
『…………』
一言も発さず、静かに立ち上がるレジーナ。彼女はシュテンの前にたち、両手で角をつかんで持ち上げた。
当然、二人の視線は強制的に交わることとなる。必死に目をそらしていたシュテンだったが、鼻が付くほどに迫られ、顔が固まった。
「お、お姉さま……怖いわよ……?」
『……──ふんっ!』
「ごぱあっ!?」
レジーナが、シュテンの腹を思い切り殴りつけた。残像すら見えなかった。
ドゴオンッ! と派手な音を立てて土埃が舞う。それが収まると、山に人型の深い穴が空いていた。
しばらく無表情でその穴を眺めていたレジーナは、おもむろに足元の石を拾い──投げる。穴の中に。
「ぎゃんっ!」
情けない悲鳴を背に、レジーナが腰を下ろした。シュテンの悲鳴は完全無視である。
……ざまあみやがれコンチクショー。
俺はダメ押しに、小枝を一本穴の中に投げ入れた。
🐉
「本っっっっっっ当に申し訳ございませんでした…………」
数十分かけて穴から這い出てきたシュテンは、すっかり全身泥まみれになっていた。壮大な法螺を吹いたときとは別の意味で悲痛な表情を浮かべる彼女。しかしながら、差し伸べられる手はない。
『いくらなんでもやりすぎじゃあれは。限度を考えよ』
「驚かせたいからって、やっていいことと悪いことがるよね」
「まあ、ちょっと……許せないかな、うん」
俺たちの冷たい返答にがっくりと膝をつく。最初に抱いていた尊敬に近い感情は、すっかり悪い方向に塗り替えられてしまった。
しばらく泣きじゃくるシュテンを眺めていたが、ふと周囲が暗いなと空を見れば、日はすっかり落ちていた。宿に戻るにも、足元がよく見えないようじゃ山を下りるには危なすぎる。
「アタシたちの住処で寝ていきなよ。食べるものとかもちゃんとあるからさ」
どうにか立ち直ったらしいシュテンの提案に、俺たちは乗っかることにした。鬼が住む場所がどんなものかも見て見たかったし、丁度いい。
彼女に先導されて、山頂まで登る。ほとんど山頂に近いところにいたから、そのぐらいは大丈夫だった。
山頂は木が少なく、見晴らしがよい。暗くなっていく空の下、賑わっている町の明かりがキラキラ光って見えた。
「ん……しょっと。はい、入り口開いたわよ」
声をかけられて視線を向けると、大きい木の板を抱えたシュテンがいた。その足元には、人が楽に通れるほどの大きな穴。
住処はこの中にあるらしい。レジーナが『懐かしいのう』と言ってるから大丈夫だろう。
「ちょっと散らかってるけど、気にしないで」
備え付けのはしごを使って下に降りる。出迎えてくれたのは、かなり巨大な一つの部屋だった。
明かりは等間隔に壁に取り付けられ、淡く暖かい色で室内を満たす。床のあちこちに脱ぎ捨てた服やら何やらが落ちていて、使用用途が分からないものもあった。
そして、俺から見て奥の壁沿いには、数えるのも億劫になるほどの樽と瓶が……。
『ちゃんと飲んでおるのか?』
「飲んでるわよ。買い溜める方が早いだけ」
「それじゃダメじゃん」
「特別なお酒はすぐなくなっちゃうから仕方ないの!」
いったいグラス何杯分あるんだろう。興味本位で近づくと、酒精のにおいに頭がくらくらした。
疲れもたまっているのでさっさと就寝の準備をして、眠気が来るまでだらだらと駄弁っていると、シュテンが酒瓶一本とグラスを三つ持ってきて、俺の隣に座った。
「しばらく一人で飲んでたから、今日は付き合ってよ」
ぐいと突き付けられたグラスを受け取る。注がれていたのは透明のお酒。シュテンが手に持っている奴だ。
『クロノ、酒は飲めるのか?』
「年齢的には一応」
溢れそうなほどのお酒を、軽く一口。結構辛い。辛いというか痛い。
全身が急激に熱くなるのを感じた。頭がぼーっとして、なんだか変な感じ……。
『おい、大丈夫かクロノ──
レジーナの声を聞いたのを最後に、俺は気を失った。
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