第22話 鬼と龍の空中戦と意外な友好関係

『おお、しばらく会わぬうちに成長したのう』

「当たり前でしょう……“カマイタチ”ッ!」


 全方位から迫るシュテンが、それぞれ四肢と首めがけて腕を振るう。その軌跡は風邪の刃となり、容赦なくレジーナを斬りつける。


 それだけでは終わらない。シュテンたちは頭を突き出し、その角をレジーナの肌に突き立てんと突進。だが、レジーナの尻尾が大きく振り抜かれ──


「ぐっ!」


 四人のシュテンが掻き消え、残る一人、右手を狙っていた個体が吹き飛ばされ、木の幹に背中を打ち付けて止まる。カマイタチによる傷はすでに治っていた。


 レジーナは倒れこむシュテンに右手を掲げ、魔法を放とうと、


「甘いわね」

『──ッ!?』


 驚愕に顔を歪め、慌てて地に伏せる。浮きあがった髪を、十ものカマイタチがずたずたに切り刻んだ。


『……先にも思ったが、ずいぶんと荒れておるの』

「当たり前でしょ?」


 満身創痍に見えたシュテンは、いつの間にかレジーナの頭上に浮いていた。近くの木から、綺麗な葉を一枚。右手に持ったそれを二つに折って、真上に投げる。


「お姉さまなら死なないって信じてるわ」


 その言葉と同時、ひらひらと宙を舞う木の葉が槍となって、一閃。立ち上がったばかりのレジーナの肩を穿った。


 鮮血が流れる。痛みに顔をしかめた彼女は、シュテンへ視線を注がなかった。


 周囲の木から次々と木の葉が散り、雨となってレジーナに迫る。その一つ一つを手で叩き落とし、尻尾で受け、身を逸らして凌ぎ続ける。


「ふふ、いつまでそうやってられるかしらね?」


 宙に立つシュテンが、右手を上げ──振り下ろした。


 直後、ゴウッ! と音が爆ぜた。上から押さえつけられたようにレジーナが地に伏せる。何事かと思う間もなく、俺は烈風に煽られて後ろに生えていた木にぶつかった。


『くははっ、我はまだ見くびっておったようじゃな』


 苦い笑みを浮かべ、レジーナが立ち上がる。全身傷だらけの痛々しい姿だったが、その顔に焦りは見えない。むしろ、ここから勝つと言わんばかりの気迫さえ垣間見えた。


 木の葉の刃は止まない。先ほどとは違って、レジーナはそれを止めずにすべて食らっている。


「これで本気と思わないでね、お姉さま?」

『当たり前じゃろ? 彼奴の娘がこの程度などありえぬ』


 両者が獰猛に牙を剥いて睨み合う。一瞬、風がやんだ。


 ──黄金の線が天地を裂く。大きなクレーターを作って飛び上がったレジーナが、シュテンを殴り飛ばした、その残像だった。


 翼を広げ滑空するレジーナは、天高く舞い上がるシュテンを追う。だが、錐揉みする体の勢いをのせて放たれた、シュテンの踵落としでもって受け止められた。


『ぐうっ!』

「アタシだって空中戦は得意なのよ、お姉さま……叩き潰してあげるわ」


 そんな会話を微かに聞いた後、二人の姿が掻き消えた。地鳴りのような轟音が断続的に響き、黄金と紫黒の線が空を舞い踊る。


 もはや何をしているのかすらわからない。ただ確かなのは、戦いの余波で巻き起こる突風と、あの二人が人間ではかなわない次元の戦いをしているということだけ。


「……うう」


 強かに打ち付けた背中の痛みに呻きながら、俺は青空を背景に暴れ狂う二人の様子をぼんやり眺め続けた。


     🐉


 シュテンによるレジーナへの八つ当たりが始まって、どれほどたっただろうか。


 あと数時間で日も沈むであろう頃に、ようやく二人は降りてきた。正確に言えば、シュテンは落ちてきた。頭から。


「ごべっ」


 情けない声を出して地面に突き刺さる。着ていた着物はあちこちが破れ、血がにじんでいた。彼女がそのままじたばたともがいていると、同じように全身傷だらけのレジーナが大きく羽ばたきながら降りてくる。


『まったく、あれ以上はまずいとわかるじゃろうに……』

「別にいいでしょ……っ、ちょっと、抜けないんだけど?」

『なんでじゃろうな? 不思議じゃな?』

「……お姉さま、その胸引きちぎるわよ」


 シュテンが殺気の滲んだ声で言うも、レジーナはまったく動揺していなかった。ただ面倒そうに『仕方ないのう』とぼやいて、バタバタと暴れるシュテンの片足をつかむと、まるで野菜を引っこ抜くように、ぼこっと。


「……扱いが雑じゃないかしら」

『そんなことはないぞ?』

「今度こそはったおすわよ」


 可愛らしい女性二人がシュール極まりない状況で物騒な会話を交わしている。ちょっと情報量が多すぎて、なんだかよくわからない気分になってきた。


 しばらく宙づりでぎゃあぎゃあ喚いていたシュテンだったが、やがて疲れてきたのか「降ろしてちょうだい」とか細い声で言う。請われたレジーナはパッと手を離した。


「ぎゃんっ!? ちょ、ちょっと! お姉さまさすがにそれはないわよ!」

『彼奴は普通に着地できたのじゃがの』

「お父さんと比べないでよ、アタシはまだそこまで鍛えられてないの! このデカ乳トカゲ!」


 シュテンが頬を膨らませてレジーナの腹にパンチする。先ほどまでと違ってじゃれ合うような軽い攻撃を、レジーナはガードもせずに受け止めていた。


 よく元気が持つなあ、とぼんやり眺めていると、不意に後ろから声が聞こえた。


「あ、あの、クロードさんにレジーナさん?」


 一瞬誰のことか分からなかったが、すぐに自分が呼ばれていると気づいて振り向く。そこにいたのは、宿で毎晩食器を受け取りに来てくれるあの娘──アスカだった。


「あれ? どうしてここに」

『むう、誰かが隠れておるとは気づいておったが……アスカであったか』


 ずっと仕事を手伝っているわけもないだろうが、かといってここにいる理由がわからない。俺とレジーナが首をかしげていると、服についた土を払いとおしながら、シュテンが小さい胸を張った。


「こいつはアタシのお友達よ! 良いでしょ? ね?」


 ……きっかり十秒の静寂。そののち、レジーナが信じられないと言った様子でつぶやいた。


『シュテン……お友達と眷属は違うのじゃぞ?』

「眷属じゃないもんっ!!」


     🐉


『にわかには信じられぬの』

「うるさいわね!」


 釈然としない表情のレジーナに、涙目になったシュテンの鋭いビンタが入る。

 俺はそれを横で見ながら、さっきまで話していたことを思い返した。


 ──どうやってシュテンとアスカが知り合ったかと言えば、単純明快。アスカが山を登っているころを見かけたんだそうだ。


 迷子になっていた彼女を助けたシュテンはすごく懐かれて、以降定期的に遊んでいるらしい。


 アスカはシュテンの背中に抱きついてうつらうつらしている。本当に仲の良い友達なんだろう。まさかこんな繋がりがあったなんてびっくりだ。


『で、本当は何があったんじゃ?』


 レジーナは疑り深く、シュテンに何度も聞いていた。ちょっとしつこすぎやしないか。


 と思ったが、シュテンが大きくため息を吐いて「しつこいわね」と呟く。


「番が欲しくて町に降りて、その時に連れ帰っちゃったのよ! だめだってわかってたけど……この子が可愛い顔で誘ってきたんだからしょうがないじゃないの!」


 ……シュテンもレジーナに負けず劣らずヤバイ奴だったりする?

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