第21話 山に昇ったら鬼娘がいた
それから数日、俺たちは町にある店を全部制覇する勢いで巡った。お土産用の菓子だったり、ストラップだったり、木製の人形やおもちゃだったり、いろいろ見て回った。
着物というこの町に伝わる服も着てみた。町でたまに見かけて、ちょっと気になっていたのだ。俺が選んだのは、くすんだ緑色。帯はベージュっぽい感じで、カッコいい。渋い感じが気に入った。
『ぶ、くはっ……似合っておるぞ、クロノ……』
「なんで笑うんだよ」
『いや、馬鹿にするつもりもないのじゃ、背伸びしておるお前の仕草が可愛らしくての……くははっ!』
無言でレジーナの脇腹をどつく。可愛いだのなんだの言われるのはまだ慣れないが、とりあえずこうしておけばしばらくはからかわれないと学んだ。
レジーナは意地の悪い笑みを浮かべて、片手に持った串焼き肉の一本をほおばっている。彼女も俺と同じように着物を着ていた。鮮やかな赤を基調とした、龍の鱗みたいな模様の奴だ。胸のふくらみは布できつく押さえつけられているにもかかわらず、着物の布を押し上げて主張している。でかい。
『久方ぶりに着たが、やはり窮屈じゃの』
「それだけでかかったらしょうがないでしょ」
『おのこを誘うにはちょうど良いのじゃが』
「頭の中真っピンクか?」
我慢できずにツッコむ。神話に登場した存在がこんなだって知ったら、神話大好きな人は卒倒するだろうなあ。
手に持った袋から芋揚げを取り出して食べる。外がサクサク、中がホクホクのそれは塩コショウが強く効いていた。
通りは赤い紙で包まれた楕円形の照明で照らされ、それが屋根を渡って吊り下げられている。あちこちに大小さまざまな旗が立っていて、そこにはウリ坊の額にあった花の模様が描かれていた。
そういえば、お店を巡っていてもあの模様があしらわれた商品はよく見かけた。
「話には聞いていたけど、やっぱりお祭りはすごい盛り上がりになりそうだね」
『そうじゃのう、ここに来た初日からは想像もつかぬほど、皆浮足立っておる』
ベルガーに来る途中、馬車に揺られながら聞いた話に、町の守護者のために毎年行われるという祭の話があった。
──大昔、町に突如厄災が現れ、全てを焼き尽くそうとした。人々は逃げまどい、立ち向かった勇敢なる戦士はなすすべもなく殺された。
このままでは町が滅ぶ。それは誰の目にも明らかで、わずかに生き残っていたもはや祈ることしかできなかった。
その時、町の背後に聳えていたレイゼク山から神の使いが降りてきた。それは厄災をこともなげに滅ぼし、人々には目もくれず山へ戻っていった。
未曽有の危機を救った謎の存在は山に住む町の守護者で、町の平穏が保たれているのもそれの存在があってこそなのだ──。
という伝承が残っているらしい。
レジーナ曰く『我の知る限り、それほどの大事がこの地で起こったことはないぞ。寝ている間に起こったのじゃろうな』とのことなので、伝承以上に詳しいことはわからなかった。
そんな祭があと十二日後の夜に行われるので、町はすごくにぎわっているのだそうだ。
「お祭りに参加したら次の場所に行こうか」
『そうじゃの、まだ訪れておらん場所は多くある』
町内の店も結構巡ったところで、俺たちは広場のベンチに腰かけて祭の準備が進められるのを眺めていた。広場中央には噴水があり、それを囲うようにして台が設置されており、話によればここで舞踊を披露するらしい。
建物の飾りつけも豪華だ。全体的に赤で統一されたそれは、町に馴染みつつも祭への期待を煽る。
町を離れる予定の日まではまだまだ余裕がある。移動するときに必要なものを買うお金が少し心もとないので、登山の用事が済んだらまたギルドで仕事を探そうと決め、この日は宿に戻った。
🐉
そして、四日後。俺たちは予定通りレイゼク山を登っている。登っている、のだが……。
「…………キツすぎないか」
『整った道がないのだから当たり前じゃろう。……限界なら我が抱き上げてやろうか?』
「それだけは絶対に嫌だな」
『むう、つれないのう……無理はするでないぞ』
地面に手をつき肩で息をする俺に、レジーナが手を差し伸べる。俺はその手を取って立ち上がり、木の根が飛び出す不安定な斜面を歩き始めた。
話によればまだ目的地まで半分も行っていないらしい。しかも、この先はさらに傾斜が急になっている。まさに地獄。もう動きたくない。
『段差があるぞ』
「え? ──うおっ!」
『ほれ、気を付けるのじゃ』
「すまん、ありがとう」
足はすでにガクガクで、気を抜くと足がもつれそうになる。定期的にレジーナに支えられながら、俺は何とか山を登り続ける。
そして、何時間もかけてようやくレジーナが言う『目的地』にきたのだが……見る限りはただの森だった。人の手が入っている様子は全くなく、誰かが住んでいるとは到底思えない。
もしかして、レジーナが言っていた娘って人の形をしていないんだろうか。そんなことを考え始めたとき──森がざわめいた。
『む……何か企んでおるのか?』
レジーナが俺の傍を離れて、木が少ない場所に立つ。周囲をぐるぐると見ながら警戒態勢に入っていたが、急に地面が弾け、真上に吹っ飛ばされていた。
空中で綺麗に体勢を立て直し、俺のすぐ横に着地する。しばらく舞い上がっていた土埃が唐突に吹き飛び、視界が晴れた。
『ずいぶんと手洗い歓迎じゃのう……』
「お姉さまが悪いのよ? アタシのことずっとほったらかしていたんだから、怒られて当然じゃない」
そこにいたのは、小さな女の子、いや……少女のような鬼だった。額には鋭い角が二本、薄紫色で花柄の着物を着た、黒髪の鬼の少女。
幼さを残す端正な顔は、しかし悪魔のような笑みを浮かべており、鋭い視線はまっすぐレジーナを捉えている。
「お姉さま、アタシの八つ当たりに付き合ってくれるわよね?」
『いや、今はそれどころでは』
「ね?」
『…………』
「付き合ってくれなきゃ許さないわよ」
『……むう』
レジーナは、片手で後頭部をかきながら渋々頷く。それを確認した鬼の少女は獰猛な笑みを深めて、腰を落とし手を前に構えた。
『あまり無茶はするでないぞ、シュテン』
「それはどうかしらね」
お互いに睨み合い、急斜面で機を窺う。位置的に上を摂っている鬼の少女──シュテンの方が有利だが、レジーナは負けるなど絶対にないと言った様子で、緊張はあまり感じられなかった。
「……“分身”」
不意に、シュテンが一言。その直後姿が掻き消え──五人に増えたシュテンが、風を巻き起こしレジーナに襲い掛かった。
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