第15話 はじめてのベルガー
ベルガーは、セプト王国の中でもかなり大きい観光地の一つとして知られている。国の中央にそびえる巨大な火山──レイゼク山の麓にある大きめの町で、狐や狼などの耳と尻尾を持った人、いわゆる狐獣人や狼獣人が多く住んでいるらしい。
俺がもともと住んでいた町、アバロにはほとんど住んでおらず、ちゃんと見たことがないからすごく楽しみだ。絵では見たことがあるけど、実際あったらどんな感じなんだろう。
食べ物や名所なんかも、かなり期待している。早く町の中を歩き回って、いろいろ体験したい。
「よし……と、これで大丈夫です」
空想しているうちに馬車は馬車は町の中を進み、目的の場所まで来ていた。俺はレジーナと一緒に馬車の荷台から飛び降りて、御者台を降りた依頼主と話をする。
ちなみに、ガースとブルックはまだ荷台の中だ。ガースはレジーナのあの魔法が癖になったのか、定期的にせがんでは汚い声を上げて気絶し、ブルックに介抱されるという流れができている。今もそれで動けないのだ。
「お疲れさまでした。無事で何よりです」
「うん、本当にね。通ったところは襲われることがほとんどないから、大丈夫だろうとは思っていたんだけど……想像の数倍は大変だったよ」
「それは、その……申し訳ないです」
「ははは! 良いって、どうしようもないほどじゃなかったからね」
彼はニッと歯を見せて笑いながら、片手で俺の肩を叩く。なおその視線は俺の後ろに立つレジーナに向いていた。
「レジーナさんも、あのバカを相手してくれてありがとう」
『あの程度大したことではない』
「まあ、そうなんだけど。友人がほとんど知らない人に襲い掛かるのを見たくはなかったからね」
馬車の方に視線を移し、彼は大げさに肩をすくめる。「まあ、結果あいつが恥ずかしい思いしただけだから、何の問題もないね」煽るように言いながら、荷台の中を覗き込んだ。
「お、ようやく目が覚めたらしい」
じゃあこのあたりで、と荷台に乗り込むのを見送り、俺たちはその場を離れた。
🐉
さて、町に着いたのは良いのだが。
「……なあ、ギルドってどっちだ?」
『すまぬ、クロノ。……我もわからぬ』
絶賛道に迷っていた。
赤みを帯びた木材を使用した、独特な雰囲気の建築物が並ぶ砂利道を歩きながら、俺は何度もため息をついている。
観光のことばかり考えてギルドの場所を聞き忘れた俺たちは、しかし「まあ何とかなるでしょ」と高を括っていた。最初こそ初めて見る町並みに心を躍らせていたのだが……。
「マジでヤバいな、下手したら夜になる」
気が付けばこのザマである。いとわろし。
というか、この町は道が結構うねっていてわかりづらい。もうちょっと整備してくれないかな、と心の中で文句を言いつつ。
『しかし、本当に狐獣人や狼獣人がおおいの』
「ホントだねえ、ここまでとは思わなかった」
レジーナのぼやきに同意して、周りの人を見まわした。
すれ違う人のほとんどが頭に狐か狼の耳を持っているのである。丁寧に手入れされているだろうそれはふわふわと風になびいて、すごく綺麗でかわいいと感じた。
というか、触ってみたい。そう簡単に触れるとは到底思わないが、それても一度はもふもふしてぱふぱふしてあわよくば尻尾にだいぶしたい。きっと気持ちいい。そう確信できる。
『クロノ……少々顔が緩んでおるぞ』
「え? あっ」
指摘されて、自分がだらしなく口を半開きにしてよだれを垂らしていることに気が付いた。すれ違う人は変なものを見る目でこっちを見てくる。恥ずかしい。
……と、よだれを腕で拭いながらふと正面遠くに視線を移し、見つけた。
「ギルドってあれじゃない?」
『む? ──おお、そうであるようだな』
ようやく、町の中を放浪するのも終わりだ。火はすでに沈み始めており、早めに宿を探さないとまずい。俺たちはちょっと歩みを速めて、ギルドと思われる三階建ての建物に向かった。
🐉
果たしてそれはギルドであった。本当に良かった。間違ってたらどうしようかとハラハラしていたが、それは杞憂に終わった。
ギルド内は町の通りより少しだけ獣人が少なかったが、それでもかなり多い。金、銀、赤茶と様々な耳が揺れるその光景は、非常に愛らしかった。……数人から向けられる視線は全然そんなことなかったが。
「なあ、なんで俺こんなに睨まれてるんだ?」
『可愛らしいおのこの顔は皆記憶に刻みつけたくなるものじゃ』
「絶対そんな理由じゃないよねこれ!?」
ここにきてふざけたことを言い出すレジーナに、小声で抗議の声を上げる。そうこうしているうちにカウンターの前(半分ぐらい空いていた)まで来て、椅子に座った。そして、目の前の利発そうな狐獣人お姉さんに、アバロのギルドでもらった書類と俺のカードを手渡した。
「よろしくお願いします」
「はい。……ではこちらに右手の人差し指を」
アバロでやったように指紋を読み込む。箱と一体化する感覚がして「本人確認は完了です」と声が聞こえたところで指を離した。
その後はほとんど向こうでやってくれて、俺たちは最後にお金を受け取る。さらさらした布袋に入った貨幣を片手に、俺はひとつ質問を投げた。
「すみません、この町の宿ってどこにありますか?」
そう、ここで聞いておかないとちょっと前と同じ失敗を犯すことになる。それは避けたい。
狐のお姉さんは地図を出して丁寧に教えてくれた。宿は二か所あって、そのうち一つが結構近い場所にあったのでそこに向かうことにした。
ギルドを出たときには、空もすっかり茜色に染まり、白い光が散らばる黒へと移り変わるところだった。早めに宿に着きたいと早足で教えられた道を行くが、
「……なあ、すまん」
『……言わんとすることはわかるぞ』
「…………迷った」
徒歩十分と言われたその宿に着くのに倍の時間を要し、空が完全に暗くなった頃ようやく宿に着いた。
『
「部屋空いてるかな」
『大丈夫じゃろ』
貨幣が入った袋を握りしめながらドアを開き、がやがやとにぎわう屋内に顔を出す。正面にある受付カウンターにはお淑やかそうな銀髪の狼獣人の女性がいて、彼女はゆっくりと俺たちに視線を移し──
「あら、いらっしゃーい♡ お客さん、旅行に来たの? 部屋は空いてるんだから遠慮しないで入ってきちゃって! ウフフ、人間さんと龍人さんの組み合わせなんて珍しいわ~! 疲れてるでしょ? ほら早く♡」
「…………」
『…………』
……なんか、失敗した、気がした。
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