第14話 同行者の一人が下半身の奴隷だった

 地に顔を擦り付けて悶絶する彼を尻目に、レジーナは『ざまあみろじゃ』と言わんばかりの笑顔で俺の横に座る。いつの間に取ったのか、両手にはよく焼けた肉串が二本ずつ。


「よく食うなあ……さっきあんだけ食っておいて、まだ足りないのか」

『何を言う。美味いものは食わねば損じゃ』

「だからって俺が食う分まで持ってくなよ」

『ところで』

「話を逸らすな!」


 ぎこちない動きで目をそらすレジーナの首を、指でつついて遊ぶ。ガース以外の二人の笑い声と、焚火の火花が弾ける音を聞きながら、脂が滴る肉にかぶりついた。


 現在俺たちは、一本道が通る平原の半ばで、焚火を囲み腹を満たしているところだ。生まれて初めて野営するということで少し舞い上がっていたのだが、そんな俺の期待も虚しく、労力のほとんどをレジーナの暴挙に割かれていた。


 俺以外の人がいて自重するようなやつじゃないとはわかってたが、まさかここまでやりたい放題するとは思わなかった。


 少しは落ち着いてくれないもんかな、と硬い肉を噛みしめていたが、ふと視界の端に人影が映った。ガースだ。


 しばらく悶えていた彼が起き上がり、忍び足でレジーナの背後に迫る。どうやらまだ諦めていないらしい。暴力的なまでの大きさを誇る胸を凝視し、鼻の下を伸ばしながらいざ揉みしだかんと手を──


「ごべえっ」

『我が気づかぬと思っておったのか、猿』


 今度はレジーナの尻尾でぶっ飛ばされた。ヴェナム遺跡の時ほどではないが綺麗な放物線を描き、頭からどさっと草むらに落ちる。死んでないかな、と思ったけど、悶えるようにゴロゴロ転がってるから大丈夫そうだ。


 さすがにやりすぎだと言われると思いきや、ブルックはバカみたいに笑っている。酒が入っているとはいえちょっと薄情すぎやしないか。


「あいつには俺も迷惑しているんだ。あれぐらいしてくれた方がむしろちょうどいい」


 ……なんというか、こう、倒れ伏す彼に手を合わせたくなった。


 夕飯を食い終わって、焚火も処理したら、各々テントに入って就寝の準備。見張りはレジーナ、ブルック、ガースの順で行うということになり、俺は一人で寝袋に入って、小さいランタンの火を消した。


 慣れない環境で寝れるか不安だったものの、想像以上に疲れがたまっていたのかすぐに瞼が重くなる。


 明日からはもう少しレジーナも控えめになってくれないかな、と叶いそうにないことを思いながら、ゆっくりと眠りについた。


     🐉


 ……足音が聞こえる。


 足音の主はテントに入ってきて、隣の寝袋をいじる。寝袋にこもったところで、ああレジーナかと気づいた。


 まだ眠気はほとんどとれていない。薄目を開けて横を確認した後、また目を閉じて、


「ぐっ!?」

「…………え?」


 勝手に、体が動いた。


 テントの中は暗く、何が起きたのかわからない。ただ、一瞬漏れた呻き声で、どうやら俺はガースを抑えつけたらしいということだけ分かった。


 何故彼がこのテントにいるのか、どうして俺がそれを抑えつけているのか、そもそも勝手に体が動いたのはなぜか、と色々疑問がわくが……少なくとも最初の疑問は、レジーナがぼそりと呟いたことで理解した。


『我を抱くなどいう馬鹿げた考えはあきらめよ』

「……」

『そこの童は貴様が相手にできるような器ではない。今の一件で十分理解できたであろう』


 悔し気にもがく彼を抑えつけながら、俺は今しがた言われたことについて考えていた。


 ガースは俺の相手にならない。今言ったのは、つまりそういうことだ。それが、俺はまるで理解できなかった。


 確かに今俺は、ガースを地に抑えつけているのだから、そういわれればそうなのかもしれない。だが、ただの学生が兵士などにかなうわけがないとも思う。


 それに、今ガースを抑えつけたのは俺であって俺じゃない。何もわからないまま、勝手に体が動いたのだ。


 レジーナは、何を知っている? オルトロスを斬ったときも起こった、この妙な現象の原因か?


 思考に耽っていると、耐え切れない様子でガースが叫んだ。


「こっちはずっとやれずに溜まってんだ! 目の前に貴様みたいな極上の女がいて我慢できるはずもないだろうが!」

『欲望に正直に生き過ぎじゃろ……』

「そしてその原因を作ったのは貴様だ! 責任を取る必要があるのは自明だろう!」

『暴論じゃの』


 このおっさん、欲望に正直に行き過ぎではなかろうか。……もしかして、ヴェナム遺跡で会った時レジーナの方を連れて行こうとしていたのも、途中で隙を見てしっぽりするつもりだったり?

 ちょっと嫌だな、それ。


『……はあ、仕方ないの。今晩だけ相手してやろう』


 レジーナはいきなりそんなこと言いだすし。


 ガースは地面に伏しながら歓喜の声を上げ、さらに激しくもがく。レジーナが『すぐに向かうから、馬車の裏に来い』と言って、俺に彼を放すよう促された。


「本当だな? 絶対だぞ?」

『ああはいはい、わかっておる。そんなに慌てるな』


 これからすることに舞い上がって、ちょっと気持ち悪い声を出しながらテントを出ていった。レジーナはいつ向かうんだろうかと寝袋に再度もぐりながら様子を見ていたが、一向に向かう気配はない。


「……どうするの、あれ。向かわないとまた面倒なことになりそうだけど」


 そう聞くと、彼女は楽しそうに笑いながら指を鳴らす。直後、外から「おひょおおおおおおっ!?」と、まあとにかく汚いおっさんの叫び声が響いた。


『服の感触だけで絶頂できるようにした。これであの猿は大丈夫じゃろ』

「ずいぶんえげつないことするなあ……」


 悲鳴はしばらく響き続けたが、唐突に止まって地面に倒れこむ音が微かに聞こえ、それからは静かなものだった。


 俺は眠気に従順に瞼を閉じて、本日二度目の眠りについた。


     🐉


 翌朝、下半身をべとべとにして目を血走らせ、惨殺してしまいそうな勢いでレジーナに迫っていたが……まあ彼が力で叶うわけもなく。


「う……うっ……」


 と馬車の中で呻き声を上げ続ける哀れな人形と化していた。最初は意識を取り戻すたびに襲い掛かろうとしていたが、しばらくするとその気力も失せたのか、隅っこでぶつぶつと呪詛を吐くだけとなった。


 まこと不憫である。が当然ともいえる結果だった。


 およそ十日に及ぶ移動は、その後特にハプニングも怒らず順調に進んだ。そしてようやく、俺たちは最初の目的地──ベルガーへとたどり着いた。

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