第11話 ギルドへの登録とニア宅の訪問
俺たちはお姉さんに案内されて、元居た部屋に戻ってきた。男はまだ倒れているので、レジーナの分もまとめて対応するらしい。
「では……最後に指紋を登録していただきます」
机の下を漁りながら、お姉さんが言う。
ほどなくしてできたのは、手のひら大の小さな黒い箱だった。カードを、と要求されて手渡すと、彼女はそれを箱にある細長い溝に差し込む。
「中央の淡く発光している部分に、右手の人差し指を置いてください」
言われるがまま、指を箱の表面に押し付けた、その直後。
「な、なにこれ?」
「大丈夫です。害は一切ありません」
未知の感覚に身を引きそうになったが、お姉さんの言葉で落ち着きを取り戻した。
……まるで、指がこの箱と一体化したような気分だ。指に縫い付けたでも、貼り付けたでもない。指の先が箱の表面と融合し、自分の体の一部になっている。初めての感覚だった。
箱は小さく明滅し、だいたい六秒ほどたったと思う。そこで指先の奇妙な感触も消えて、お姉さんが「終わりです」と言ったので手を引いた。
「こんなものがあったのか……」
「こういうところでしか使いませんからね、ほとんどの人が驚きますよ」
そう言って、お姉さんが面白そうに首を傾ける。……言外に「可愛らしいですね」と言われているような気がして、八つ当たり気味にレジーナを睨んだ。
「はい、次」
『うむ、わかっておる』
脇に移動して、レジーナに場所を開ける。俺と同じようにカードを渡して、箱の上に指を置く。
俺と違ったのは、この後からだった。
「……ッ」
『うむ。……大丈夫かの、これ』
「あ、は、はい。おそらくは」
俺の時とは全く違うはっきりとした白光に、二人は困惑した様子で視線を交える。丸テーブルを囲んでいるうちの数人も、興味深そうにこちらを見つめていた。
大丈夫、とはどういうことだ? まさかいきなり爆発なんかしないだろうな。
そんな俺の不安もよそに、レジーナの登録も一応ちゃんと終わった。
「はい、お疲れさまでした。これで登録は済みましたが……ほかに御用はございますか?」
「今、レジーナと共に請けられる仕事を全部見たい。できれば、別の地へ向かう必要があるものを」
「かしこまりました」
俺はギルドで受けられる仕事がどんなものか知らないから、最低限の条件だけ付けて要求する。お姉さんが、今度は薄い板を取り出して、俺たちの前に置いた。
表面が光り、文字を映し出す。黒い表面に光るインクで書き込んであるように見えたが、お姉さんが板の上で指をスライドさせると、それに従うように文字が上下に動いた。
これも初めて見る道具だ。こんな面白いものがあったのかと、ちょっとワクワクする。
「これが条件を満たすもののすべてになります」
ご自由にご覧下さい、と告げた後、席を立った。どうやら別の職員に呼ばれたらしい。
俺たちは黒い板を覗き込んで、書かれているものを順々に確かめていく。
この中にあるものの大半が護衛だったが、その中に「遠方の特産品を買ってきてほしい」みたいな依頼もちらほら見受けられる。護衛の仕事と言っても、結構な割合で備考欄に「話好きな人であると好ましい」とか「かわいい女の子で」とか「酒好きな奴で頼む」とか好き勝手書かれていた。
『……クロノよ。我はここまで緩いと思っておらんかったぞ』
「奇遇だな、俺もだよ」
二人そろってため息をつく。堅苦しいのは苦手だから、軽い方がありがたいのだが、しかしこれはちょっと予想を超えていた。
行商人ともなれば護衛を雇うのはおかしくない。でもそれはもっと別の、適切なところがある。名前は忘れたが。
じゃあこのギルドで雇う護衛とは。つまりそういうことである。おそらく。
『真面目なものも混ざってはおるが、それは少し面倒ごとの気配がするな』
「まあ、うん。真面目なのはまずもって避けたいから、あまり気にしなくてもいいんじゃないかな」
そう言って、なんとなく気の抜けた状態でなおも確認をつづけた。で、いくつかよさそうだと思ったものを選んで比較していたのだが、そこで一つ、ちょっとした問題が発覚。
「これ、今日出れないな」
『そうであるな』
「家出るとき、しばらく戻らないみたいなことを言っちゃったよな」
『うむ』
「…………うわぁ」
そう、受けられる仕事はどれも数日後、下手をしたら数週間後とかになるのだ。諸々の手続きを考えれば当然だろう。
結局、戻ってきたお姉さんに請ける仕事を言って、この日は家に帰ることにした。
🐉
「思うんだが、もっと手加減した方がいいんじゃないか?」
『何を言っておる。手加減はしたぞ』
「手加減になってねえよ、あれ」
『我の知っている人間はあの程度で負けなかったぞ』
フードの女性と入れ違いに、ギルドの外へ出る。きょとんとしているレジーナに呆れて、俺はため息をついた。
カウンターを離れて、さあ帰ろうと出口に向かったまでは良かったのだが、それをさえぎった奴がいたのだ。
なんでもレジーナがとんでもなく強いと知ったらしく「手合わせをお願いします!」と無謀なことを言い出した男衆に、
『腕相撲でもよいか』
と適当に答えた結果、順々に腕相撲で勝負することになって、
「勝っていいとこ見せてやる!」
「やるぞおおぉぉ」
と意気込んで挑戦した彼らであったが、
「よーい、はじめ!」
『ほれ』
「おごおっ!?」
結果は彼らの惨敗。見事なまでにねじ伏せられ、彼女さんと思しき女性に半眼で呆れられていた。
まあ、規格外の強さとは言えレジーナは女性なので、たとえ勝ったとしても「女性に買って粋がってるなんて、小者ね」と思われてしまう可能性もあったわけだが。
「それにしても、あまりにもかわいそうだろあれは」
『しかし、筋トレすればあれぐらいの力は対抗できるはずじゃがの』
「それができたら苦労しないよホント」
『いや、実際に対抗できる人間はおったぞ。確か、腕立て伏せと状態起こしとスクワットを各百回、それとランニングを毎日すればいいと言うておった』
「バケモンかよそいつは」
それ、人間に化けた悪魔か何かだったんじゃないのか。
そんなことを駄弁りながら歩くこと十数分。俺は、とある家の前まできていた。
「さて……ニアはいるかなあ」
『今日は魔法学校も休みなのであろ? であれば、いない方が珍しいと思うがの。それより、住んでいる人間が大変なことにならぬかどうかが心配じゃ』
「まあ、大丈夫だよそこは」
そう言って俺は、彼女の──ニアの家の玄関をノックした。
奥から「はーい」と声が聞こえて、足音が近づく。勢いよく開いたドアから見えた笑顔は、よく見慣れたニアの母親のものだった。
「どちらさまで……あれ? クロノくん?」
「はい、お久しぶりです。ちょっと、ニアに会いたくて」
この前ニアから死んじゃったって聞いていたんだけど、と不思議そうな顔をするが、すぐに笑顔に戻った。
「良かったわ。あの子、クロノくんがいなくなってからずっと塞ぎこんでいたのよ。生きてるって知ったらきっと喜ぶわ」
「そう、でしたか。それは良かった」
……やっぱり、心配かけ過ぎたな。きっちり謝らないと。
そう思って、早くニアに顔を見せなきゃという気持ちが増したのだが。
「ああ、そうだ。ごめんなさいね。実はニア、今出かけてて……家にいないのよ」
耳に入ったその通告に、俺は留まらざるを得なかった。
「いつ帰ってくるとか、わかりますか?」
「うーん、わからないわ。予定は聞いてなかったから」
「わかりました。じゃあ、また明日きますね」
「はーい、じゃあまたね、楽しみに待ってるわ」
そんな会話を経て、玄関の扉は閉じられる。
「タイミング悪すぎだろ……はあ、会いたかったのに」
『そういうこともままある。あまり気を落とし過ぎるな』
悲しみで俯き加減の俺の背中を、レジーナは優しくなでてくれた。
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