第9話 ギルドに着いたらボコボコにされた
『そう落ち込むな。ゆくゆくは彼女にも知られることじゃろ』
「少なくともお前は彼女じゃない」
『我は眷属なのだから似たようなものよ』
「どこが似てるんだよ!」
カラッと晴れた空の下、俺は痛む頭を抑えて、憂鬱に顔をしかめながらギルドへ向かっていた。
休んでから整えようと思っていた支度は両親の手によって住んでおり、俺がやったことはほとんどない。では、何故こんなことになっているのか……。
『そもそも、秘蔵コレクションのことなどとっくにバレておったのだから、今更知る人が一人増えただけで騒ぐこともない』
「それが問題なんだよチクショウ!」
そう。頑張って隠していた宝物の数々は、すでに両親が把握していた上、レジーナにまで見られてしまったのだ。
朝目が覚めたら顔を覗き込まれていて、何事かと思ったが、両手いっぱいに抱えて『お前も業が深いの』などとからかわれてはたまったもんじゃない。
自分の隠していた趣向を知られるとか、どんな地獄だよ。ただでさえ昨晩背中に押し付けられた温もりが生々しく記憶にへばりついてて気疲れしてるってのに。
「マジで死ねる……」
『全裸を他人に見られるよりは軽いぞ』
「見られてんだよお前に! 最初会った時にな!」
『クハハ、まあ落ち着け』
俺が叫ぶたびに笑うレジーナを、キッと睨みつける。こいつはまったく気にならないのか、楽しそうに俺の頬を指でつついてきた。
最初に出会った時の「殺されるんじゃないか」なんていう恐怖心はとうに消え去ったが、今度は別方向で悪い印象がついている。
授業で習った時の憧れを返してほしい。こんな本性知りたくなかったよ。
🐉
ギルドには難なくついた。ヴェナム遺跡とは反対側、大通りに面した場所にある石造りの建物だ。
外壁の石材は角が削れて穴があき、苔がむしている。まるで大昔に建てられたかのようだ。
レジーナに聴いてみれば、この建物を知っているらしい。おそらく昨晩話していた『何とかギルド』と同じなんだろう。
少なくとも数千年前から存在するなんて、なんだか不思議だ。
「お邪魔しまーす……」
正面の扉から、恐る恐る中をのぞく。中にはたくさん人がいて、結構な賑わいを見せていた。
入ってすぐ両脇には多くの丸テーブルが置かれ、様々な風貌の人々が談笑している。奥にはカウンターが六つほど。今はそのすべてが埋まっていた。
レジーナとともに屋内へ足を踏み入れた俺は、空いた席を見つけてそこに座り、カウンターが空くのを待つ。順番待ちの人は見当たらないので、すぐに番が回ってくるだろう。
……いやしかし、周囲の視線が痛い。レジーナのトンデモ装備が目立ちまくっているせいだ。
『本当におらぬな。我と似た装備の人間も探せばいると思っていたのだが』
「当たり前だ、痴女だけだろそんなん」
『む、痴女ではないぞ。大人の色香というやつじゃ』
そう言って、レジーナは体をくねらせる。そのせいで、大事なところだけ隠された大きな胸が、たゆんたゆん、と揺れる。
「おおぉ……」
なんか遠くから感嘆の声が聞こえた。鼻の下を伸ばしたおじさんが、レジーナを凝視しているのが目の端に映る。
……同席してる女性の視線は、絶対零度の冷たさだった。
『む、カウンターが空いたぞ』
「ん? ああ、ホントだ」
レジーナに知らされ、俺は席を立つ。最初は俺、次にレジーナの番と決めていた。
空いたのは一番左端で、金髪ロングで耳の長いお姉さんが担当だった。
「ようこそおこしくださいました。ご利用は初めてですか?」
「はい」
透き通った声に頷くと、横の棚から書類を一枚出して、ペンと一緒に手渡された。
「では、先に登録を行いますので、こちらの太枠の中にご記入ください」
ギルドで仕事を得るために必要なものだ。個人情報を記録して専用のカードを作り、それを使って仕事を請け負う。
当然きっちり埋めてあった方がやりやすくなるが、一応名前だけでもどうにかなるらしい。俺は名前と性別、年齢の三つだけ埋めて出した。住所はさすがに書けない。
名前にかんしても本名そのままはまずいと思ったので、ちょっとひねった。
「……クロード・ウェイン様ですね、カードを作成しますので、しばらくおまちください」
お姉さんは、その紙を持って奥の部屋へ入っていく。五分ぐらいして戻ってきた彼女の手には、一枚の白いカードがあった。
「お待たせしました。こちらがカードになります。今後ギルドを利用する際は必ず必要になりますので、絶対になくさないようにしてくださいね」
忠告を受けた後、俺はカウンター奥の大きな部屋に案内された。さっきお姉さんが入ったのとは違うところだ。
何一つ物がない、コーティングされた木の床の部屋。お姉さんは綺麗な髪を流しながら中ほどまで進み、こちらに向き直ったかと思うとファイティングポーズを──。
「えっ?」
「ギルドで受けられる仕事の中には、戦闘が避けられないものもあります。また、やむを得ず戦闘をする場合も。そのために、あなたがどの程度戦えるかを把握しておく必要があるんですよ。いわば実力試験です」
「な、なるほど……?」
寝耳に水だった。
俺は戦えないよ、なんていっても、実際やって見せないと納得してもらえないだろう。
彼女は鋭く俺を見据え、「剣を抜いてください」なんて言うが、人相手に使いたくないな……。
でも、俺が剣を抜かないでいると、彼女は早くしろとばかりに床を蹴りつける。結構な音が響いて、俺は慌てて剣を抜いた。
ゴオォゥッ! と刃が炎を纏う。お姉さんは眉をひそめて「ずいぶんと物騒なものを……」と呟いていた。
「じゃあ、いきます」
「いつでもかかってきなさい」
俺は両手で剣を構え、お姉さんと相対した。
──実力試験、開始だ。
🐉
負けた。思いっきり負けた。
俺は至って真剣にやっていたのだが、お姉さんは表情一つ変えずに全部避けて、容赦なく俺の全身を痛めつけてきた。
全身が痛い。今は部屋の隅で軽く休んでいる。横で俺の容態を見てくれているお姉さん
は、ちょっと失望したようにため息をついた。
「強い剣を持っていたので、かなり強いものだと思っていたのですが……」
なんだか責められているようで胸が痛い。実際責められてるんだろうか。
腕にできた打撲痕を眺めながら、剣の扱いを勉強しないとなとぼんやり考えていると、部屋のドアが開く。
『おお、ここにいたのか。ずいぶん痛めつけられたな』
レジーナと、男性の受付さんだ。目的は俺と同じだろう。
彼女の目がいつになく輝いている。……大丈夫かなあ、と他人事のように思った。
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